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第20話:バルトロメオ20

 数日後の夜――。  ユキ親子が寝付いたのを見届け宿舎に戻ると、部屋の戸を開けた途端に(かす)かな電子音が聞こえてきた。 「……バルトさん?」  あぐらを()いて洗濯物を(たた)む彼の耳に、イヤフォンが突っ込まれていた。ユァンが慌ててそれを引っこ抜くと、手元を見ていた彼が笑顔を向けてくる。 「おお。ユァンか、おかえり」 「おかえりじゃないですよ。これ……」  引っこ抜いたイヤフォンの先から、軽快な音楽が()れ聞こえた。  同室だったルカが部屋を譲ってくれて、今ここはユァンとバルトロメオの二人部屋になっている。けれど人が来たら大変だ。 「あとその、口に咥えているものはなんですか?」 「ビーフジャーキーだな、おそらく」  何からツッコむべきかと頭を抱え、ユァンはまず事実を述べることにした。 「ビーフじゃなくてポークですね。うちの修道院、牛は飼っていませんから」 「そうか」 「あとそれ、今日の食事には出てなかったでしょう。どうしたんですか?」  ユァンにとって、これが最大の問題だった。  バルトロメオは悪びれる様子もなく言う。 「食料庫からくすねてきた」 「くすねて、というのはつまり……」 「辞書通りの意味だな」 「ああっ、かみさま……!」  ここ数日で彼の自由すぎる行動にも慣れてきたけれど、毎回頭を抱えてしまうユァンだった。 「なんだ? ちゃんと神に感謝しながら食っている」 「そうじゃなくて……」  盗みは罪だとは、さすがに子供でも知っている。彼も分かっていてユァンを(けむ)に巻いているんだろう。 「はあ……。人を疑うのはよくありませんが、場合によっては食料庫にも鍵が必要かもしれません」 「鍵ならかかっていたぞ」 「えっ、ならどうやって?」 「案外簡単だった」  バルトロメオは人差し指を上に向け、くるくると回してみせた。よく分からないけれど、何かしらして食料庫の鍵を開けたんだろう。油断も隙もない。 「そうですか……。山羊にかまけてあなたを一人にした僕が馬鹿でした……」  ぼやくと笑いながら返された。 「そうだな。山羊のユキより俺に構うべきだ。俺が思うに、ユァンはユキに対して過保護すぎる」 「それは……」  最近はユキも子育てに忙しく、ユァンに前ほどの執着を示さなくなっている。彼女が寝付くまで一緒にいるのは、ユァンの自己満足かもしれなかった。 「ん? 冗談だったのに、その顔は本気にしてるのか」  内心ドキリとして目を逸らすと、バルトロメオの視線が追いかけてくる。 「ふうん、さてはユキを子山羊たちに取られて(さみ)しいんだろう」 「いや、そんなことは」  ユキが立派に成長したことは喜ばしいことであると同時に寂しくもあった。けれども子山羊たちに嫉妬するなんてことはさすがにないと、自分では思う。  バルトロメオが笑いをこらえきれない表情で冷やかしてくる。 「そうかそうか。だったら人間同士、仲良くしよう。ユァンの心の隙間は俺が埋めてやる」

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