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第25話:バルトロメオ25

「可能性の話だが」 「でも……まさかそんなこと……」  我が家そのものである聖クリスピアヌス修道院で、そんなことが起きているとはユァンには信じられない。ユァンはもう十年、ほぼすべての時間をこの修道院の中で過ごしているのだ。投書の訴えが事実なら、自分がそれに気づかないわけがないと思った。  しかし逆に嘘の投書がなされたとしたら、誰かがそんなことをする理由が分からない。修道士たちの静かな生活を乱すべき動機のある人間が、いったいどこにいるのだろうか。  何かがおかしい。  不安に足下が揺らぎ、ユァンは手にしていた熊手の持ち手を握りしめた。 「僕には信じられない」 「ユァンは被害者じゃないのか」 「僕が? まさか」 「投書の主でもない」 「あ……それを疑って?」 「俺はアンタなら、何か知っている可能性があると踏んでいた」  それでユァンに近づいたなら捜査の一歩目は空振りだ。ユァンは息をつき、首を横に振った。  バルトロメオは難しい顔をして自分の顎を撫でている。 「俺の話を信じる信じないは、もちろんアンタの自由だ。修道院長に言う言わないも、俺が強制できることではない」 「でも……バルトさんは僕が司教さまに言わないと思って、今の話をしたんじゃないですか? 先に腹を割ってはなせば、僕はあなたを裏切れないと踏んで」  彼の片方の口角が持ち上がった。 「…………。子供みたいに純粋なやつだと思ったが、案外馬鹿ではないんだな」  その言いようは気に入らない。ムッとしかけたユァンにバルトロメオが告げる。 「やっぱりアンタを選んだのは正解だった」 「……どういうことですか?」 「ユァン、力を貸してくれ。アンタは柔軟で頭も悪くないし、損得勘定で動く人間じゃない。ここ数日一緒に過ごしてきて、信用できる人間だと分かった。投書の訴えが事実かどうかは分からない。だからこそ、その澄んだ目で事態を見極めてほしい」  有無をいわさぬ強い視線が、ユァンの体を貫いた。  ユァンとしては内偵捜査の邪魔をするつもりはなかったが、それに手を貸すべきかどうかは判断がつかなかった。手を貸せば秘密裏に動くことになるわけで、何かあれば言うようにと言っていたシプリアーノ司教を裏切ることになる。  自分はどうすべきなのか……。  それは自らの正義を持って判断すべきことのように思えた。 「……今はまだ、決められそうにありません」  しばらくの沈黙のあとでそう答えると、バルトロメオにぽんぽんと肩を叩かれる。 「そうだよな、こんなこと突然言われても困るよな。けど俺は……勝手だと思うが、アンタに期待している」 (本当に勝手な人だ、けど……)  肩に置かれた手のひらが思いのほか温かくて、理性よりも感情を揺さぶられた。

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