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第26話:バルトロメオ26
夜――。
林檎、アスパラガスとベーコンの炒め物、そら豆とミルクのスープ。彩りの少ない修道院の食卓がぱっと華やぐ。冬場は芋と干し肉を無心に口へ詰めるばかりだったが、春、芽吹きの季節になると食事の時間が楽しみになった。
とはいえ食事中の雑談は禁じられているので、食堂の厳かな空気は当然冬場と変わらない。食べる喜びは胸の中で神さまだけに伝えて、ユァンはナプキンで口元を拭った。
と、向かいにいたはずのバルトロメオがすっかり皿を片づけ、いなくなっている。
食堂の入り口に目をやると、彼がルカを追いかけるようにして、足早に出ていくのが見えた。
(そういえばこの前も、二人が話しているところを見たような……もしかして、例の内偵捜査?)
ルカはユァンと同じ二十二歳。大学で神学を勉強したあと、実家の教会を継ぐためにここへ修行に来ている。ルカの父親は結婚後に聖職者を志したという人で、ルカも一般家庭と同じような環境で育ったそうだ。そのせいか彼は合理的で、物怖じしない性格だ。
そんなルカと匿名の投書とは、ユァンの中では結びつかないのだが……。
*
バルトロメオを追いかけ食堂を出ると、建物の外の暗がりで、二人が顔を突き合わせているのが見えた。
(あれっ?)
話をしているのかと思ったら、どうも様子がおかしい。背の高いバルトロメオが小柄なルカを威嚇 するように、壁際で顔を近づけていた。
「な、な、なんだよ!? 来んな!」
「どうして? そんなに俺が怖いのか」
「怖えよ! デカいし目が据 わってるし! お前、堅気 じゃないだろう!? 人殺して修道院に潜り込んだとか? そういうのホント、迷惑だから!」
ルカは怒りながら怯えている。
「アンタ、想像力がたくましいな」
バルトロメオが肩を揺らして笑った。
けれども獲物を逃がすつもりはないらしい。彼の手が、ルカの着ているローブの首元に添えられた。
「本当に殺してるかもしれないな」
「はあっ……?」
ルカの声が裏返る。
「誰にでも失敗はある」
低く冷ややかな声。少し離れた場所からでも、バルトロメオを黒いオーラが取り巻いて見えた。
「……でもまあ、すねに傷があるのはお互いさまだろう」
「俺はすねに傷なんかねえよ!」
「本当か? 暗闇からペティエ神父を襲ったのも案外、アンタあたりじゃないのか?」
「ペティエ神父? は!? なんで俺が」
ルカは思いも寄らないといった顔をしている。
「ふうん、しらばっくれるのか。まあいい。アンタみたいに外から来た人間には、修道院の生活なんて退屈だもんな、ストレスも溜まる」
「……ちょっと! バルト」
思わず駆け寄り、ユァンは彼のそでを引いた。ルカが神父を襲う理由はないし、なんの根拠もなく疑いをかけるのはさすがにマズい。
バルトロメオの手がルカから離れた。
「ルカごめん」
「ユァン……」
ルカが怯えと苛立ちが入り交じった瞳をこちらへ投げかける。
「こいつ絶対ヤバいって! 人一人くらい殺してる」
「ルカ、そんな考えを持つのはよくないよ」
「ユァンはそうやって無防備だから悪いやつに付け入られるんだ!」
「付け入られるって何?」
「無自覚かよ! こっちは心配してやってるっていうのに!」
投げつけるように言って、ルカは宿舎の方へと戻っていってしまった。
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