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第27話:バルトロメオ27
「ああ、ルカ!」
「いいところだったのにな」
呆然とするユァンの横で、バルトロメオが片手で額を覆った。
「バルト。怒らせて本音をしゃべらせようとか、あなたはそんなことを考えているんでしょうけれど……」
「なんだ、よく分かってるじゃないか」
「そういうの、よくないと思います」
キッと仰ぎ見ると、バルトロメオは眉間にしわを寄せる。
「よくないって言われてもな。一般的な尋問 のテクニックだ」
「何も悪いことをしてない人に、尋問だなんて……」
「悪いが、それが俺の仕事だ」
低く抑えた声で告げられた。
「平和な修道院を掻き乱すのが、あなたの仕事なんですか? 僕は……そういうことはしてほしくない」
建物の窓から漏れる光を横から受け、バルトロメオの顔にはくっきりと影が刻まれている。
あれから数日。日々の生活の中で彼との距離はどんどん縮まってきたけれど、内偵捜査の件では思いが行き違ったままだった。それもあって、普段控えめなユァンもいつになく口数が多くなる。
「どうしてペティエ神父の事件までバルトが調べようとしてるの」
「投書の件と、あるいは関わりがあるかもしれない」
「神父がそっとしておこうとしているものを、あえて混ぜ返すことなんかないのに……」
バルトロメオは職務に忠実なだけで、悪意があるわけじゃない。それが分かっているからこそユァンは歯がゆかった。
「僕はみんなを疑いたくない。みんなが疑われるのだってつらい……」
「みんな、か」
こちらを見下ろすバルトロメオの瞳がゆらりと揺れた。
「ユァンにとって、ここはそんなに大切な場所なのか」
「それは……僕にはここしかないから……」
夜風が、夕食で温まったはずの頬を冷やした。
*
その夜、遅い時間のことだった。
(あれ? 今の……)
ユキと子供たちが寝静まったのを確認し山羊小屋を出たユァンは、音もなく礼拝堂の裏口に入る大きな黒い影を見た。
その背格好には見覚えがある。体の大きさ、独特のヘアスタイル。バルトロメオに間違いなかった。すでに消灯時間を過ぎていて、用もなく修道院内をうろつくことは許されない時刻だ。
(また何か探ってる? でもこんな時間に? 変だ……)
ざわつく胸に思い起こされたのは昼間の、とある出来事だった――。
「何聴いてるの?」
牧草地の草の上にあぐらをかき、イヤフォンを耳に突っ込んでいる彼を見つけて聞くと、バルトロメオは困ったように視線を上げた。宿舎の部屋でならイヤフォンを使うが、彼は普段、ここでは普通に音楽を流している。声をかけてからユァンも、これは音楽を聴いているんじゃないのかもしれないと気づいた。
気まずい沈黙。それからバルトロメオが、苦笑いで片方のイヤフォンを差し出した。
「アンタには刺激が強すぎるんじゃないのか?」
「つまり……どういうこと?」
耳元に近づいたイヤフォンの先から、喘 ぎ声のようなものが聞こえる。
「えっ、なにこれ……?」
ふうふうと抑えた声、それに別の喘ぎ声も重なる。全速力で走ったあとのような、だが声はどんどん激しさを増していって――。
「礼拝堂の椅子の下に仕掛けておいたんだ」
音声が途切れたところで、バルトロメオが説明した。
「何を?」
「こいつ。録音モードにして」
彼はポケットの中の携帯端末を持ち上げてみせる。
「録音できる時間は長くないから、音が撮れたのはラッキーだった」
ニヤリと口角を持ち上げる彼の顔を見ながら、ユァンは何度もまばたきすることしかできなかった。
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