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第29話:バルトロメオ29
「足音を立てるな……!」
「……!?」
「宿舎側の戸口に人がいる……」
耳元でささやかれた声にハッとする。それはすでに聞き慣れた、バルトロメオの声だった。
「バルト……」
首の後ろに感じる厚い胸板も、彼のもので間違いなさそうだ。ゆっくりと振り向くと、雨上がりの森のような体臭が鼻腔をくすぐった。風呂上がりなのか、ここの浴場で使う手作り石鹸の香りもする。
バルトロメオの言う戸口は柱の向こう側で、ちょうど今いる場所から死角になっていた。暗闇に目が慣れてきたところだったが、そこに人がいるのかどうかはよく見えない。
少しして、ドアの開閉音と駆けていく複数の足音が聞こえた。
「はあ……」
二人一緒に息をつく。
「逃げられた、やっぱり気づかれてたか……」
「……まさか、捕まえるつもりだったの?」
「それは状況による。が、少なくとも顔は確認するつもりでいた」
録音を仕掛けに来たのかと思ったのに、この人はそんな大胆なことを考えていたのか。ユァンは信じられない思いでバルトロメオの顔を見た。
すると彼は平然と肩をすくめてみせる。
「あんな投書があった以上、確認しないわけにはいかない」
「それはここで……この礼拝堂で、罪が犯されているっていう……」
ユァンは神のいる祭壇を見上げた。それはすぐ目と鼻の先にある。この礼拝堂の、どこからでもその祭壇は見えるはずだ。
神は礼拝堂の隅々まで、すべてをまっすぐに見渡している。
「さすがにない、こんな場所で!」
悲鳴にも似た声が出た。そんなユァンの腕をバルトロメオがつかんだ。
「こんな場所だからこそ、罪は犯されるのかもしれないな」
「言ってる意味が分からない……」
「罪悪感は一種のスパイスになる」
彼の言葉の意味を理解した途端、ユァンは目眩と吐き気に襲われた。
「仮にも修道士が……」
それから吐き気を呑み込み、声を張る。
「……そんなはずない、僕は信じない!」
するとバルトロメオの冷静な声が告げてきた。
「昼間の録音、もう一度聞くか?」
「……っ、嫌だ!」
こんな場所で恐ろしいことを言う、その男の顔を見上げる。奥まった位置にある眼球の白目が、冬の日の月のように冷え冷えと輝いていた。
背筋をゾクゾクしたものが駆け上がる。
(この人は、いったい何を考えてるんだ!)
ユァンはつかまれていた手を振り払い、彼から……いや、恐ろしい現実から距離を取った。
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