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第30話:バルトロメオ30

「ユァン」  (さと)すように低い声で名前を呼ばれた。 「現実を見ろ」 「…………」 「アンタが信じてくれなきゃ困るんだ」 「なんで、僕が!」  闇を震わすため息がひとつ聞こえる。 「この修道院は、部外者に対してガードが堅い。それは何か秘密があるからだと俺は()んでいる。それもあって、ここでの捜査には味方が必要だ」  それが内偵捜査のことを自分だけに打ち明けた理由なんだろうか。静かな説得を前に、ユァンの心は揺れていた。 「力にはなりたい、けど……どうしていいのか分からない……疑うのは怖い、知るのも怖いんだ……」  興奮が去っていくと、胸にあるのは恐れと不安だった。自分の卑屈なまでの小ささを、ユァンは目の当たりにする。 「誰かが苦しんでいるかもしれないのに、その現実から目を逸らすことは罪だ」  礼拝堂の高い天井にまっすぐ、バルトロメオの声がぶつかった。  罪――!  その言葉が、感傷的になっていたユァンの心に冷や水を浴びせる。 「僕は……」 「俺を信じろ」 「僕は神に仕える身だ」 「だったらなおさら!」 「あなたが神だっていうんですか!」  神の前に立ちながら、かしずきもせず、自分を信じろなどと言うこの男が恐ろしい。ところがバルトロメオの声は切実だった。 「まさか! 俺は道を間違う、何度も間違ってきた……。けれど神と真実には、いつもまっすぐに向き合っているつもりだ!」 (バルトロメオ……?)  暗闇の中、水にさらした刃物のようなオーラが彼の全身から吐き出されてみえる。 (……あ)  ユァンは彼の口から、神という言葉を初めて聞いた気がした。  この人は規律を守らない不真面目な修道士だ。けれど自らの信念だけを頼りに、たった一人で大いなる神と対峙(たいじ)している。  それを直感として感じ取り、ユァンは今、ようやく目の前の男を理解した気がした。 「教えて」  彼に向かって一歩踏み出す。 「修道士が神の目の前で、神に背くことができるのか」 「…………。できる」  細く息を吐いたあと、バルトロメオはユァンの頬に指先を触れた。 「ソドミーが神に背く行為だとすれば、俺は今まさにその罪を犯すことができる」 「それ……どういう……?」  彼のオーラが不穏な気配に歪んだ気がして、ユァンは踏み出したばかりの片足を後ろへ引いた。バルトロメオの右手がユァンを追いかける。 「ユァン、アンタを……俺は今ここで犯すことができる」 「そんな――……」

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