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第39話:教会の子供たち5
「なんでペティエ神父が」
ユァンとしてはまったくピンと来なかった。
「あの人は多少クセのある人だけれど、付属の養護院の相談役をしていて、子供にも優しいんです。この前はあんなことになっていたけれど……」
薄い頭に包帯を巻いた姿が目に浮かぶ。
「少なくとも神父自身は、乱暴を働くような人じゃない」
「ユァンはやっぱり仲間を疑いたくないんだな」
背中の向こうでバルトロメオが言った。
「それは疑いたくないよ」
ユァンはバチンと、山羊の爪にはさみを入れる。
「疑うべきだとも思わないし」
「そこは俺と寝ても変わんないのか」
「えっ……?」
切った爪が顔の近くに飛んできて、ドキリとした。
「人には欲望がある。いくら人間の本性が善なるものだとしてもさ、時には道を間違うし、悪いこともするよ」
爪を切り終わって山羊の上から退くと、頭の方を押さえていたバルトロメオと目が合う。
「告解室で言った通り、俺はユァンとのことは後悔してない。ユァンがめちゃくちゃかわいくて、仕事を忘れそうになるけれど……」
バルトロメオの右手が伸びてきて、ユァンの頬に触れる直前で離れた。彼の仕草にも動揺が見て取れる。
(僕が仲間を疑わないことは、人の欲望を否定することになってバルトの想いも否定してしまうのか……)
彼の黒い瞳を見ながら、胸に戸惑いが広がった。
「……で、爪切るやつは今のだけか?」
囲いの中を見回し、バルトロメオが聞いてくる。気持ちを切り替えるような明るい声だった。
「えーと……うん、伸びてる子はいなさそう」
山羊たちなみな健康的に動き回っていて、生まれたばかりの子山羊たちも母山羊のユキのそばで元気そうに鼻先を突き合わせていた。
「散歩に行こう」
ユァンがゲートを開くと、山羊たちは待ってましたとばかりに集まってくる。
「そろそろ子山羊たちも外に出せそうだね」
「お、よかったなチビたち」
自分たちも行くのだと分かっていない様子の子山羊たちを、バルトが両腕に抱え上げて柵の外へ出した。
それからいつも通り、牧草地まで十数頭での大移動となる。
ユキは久しぶりの散歩とあってか、お気に入りのびわの木を見つけると脇目も振らずに突進していった。
「ああユキ……えーと、どうしよう……」
集団から離れすぎてしまうのは困るけれど、引っ張っていくのは可哀想だ。それでユァンが立ち尽くしていると、バルトロメオが「先の方は任せろよ」と言って先頭の山羊たちを追ってくれた。
彼もここへ来て間もなく一週間。山羊の世話もなかなか手慣れてきている。
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