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第40話:教会の子供たち6
思う存分びわの葉を食べたユキと、彼女の子山羊たちを連れ、牧草地に到着した。
春風に揺れる若草の草原の向こうに、バルトロメオの広い背中を見つける。長い木の枝で山羊を追う姿は、まるで聖書の時代の山羊使いみたいだ。
あの人が自分を愛してくれているのかと思うと、ユァンは心が震える。しかし彼は法王庁からの客人で、匿名の投書に基づきこの修道院を調べている。この先の未来を思うと、突然の突風に煽られる若草のようにユァンの心は乱れた。
百五十年続いたこの修道院の平和は破られ、自分はそこに置き去りにされるに違いない。
それなのに……。
彼の後ろ姿は抗い難く魅力的で、追わずにはいられない気がした。
「バルト……!」
小走りに駆けていくと、振り向いた彼に唐突に抱きしめられた。
「あ……」
体が触れ合うのと同時に、唇まで奪われる。
生暖かい舌が侵入してきてびっくりしたけれど、顎をつかまれていて逃げられなかった。ユァンの口内を、バルトロメオの舌先が蹂躙 していく。
「ユァン」
名前を呼ばれ、また舌を差し込まれる。
「遅かったじゃないか、待ちかねた」
立ってはいられずに彼の胸にしがみつくと、そのままゆっくりと草の上へ倒された。
まだ彼の舌は口の中にあって、ユァンの歯を一本一本丁寧に舌先で撫でている。
「なにっ……これ……はあっ……」
口の脇から耳の方へ、唾液が伝っていった。
「キス、知らないのか?」
口角からこぼれた唾液を舐め取って、バルトロメオが笑った。
「キスは聖書で禁じられていない」
「だからって……ふうっ」
今度は舌先を吸い出される。
「ユァンの舌は花びらみたいに薄いんだな」
「バルトのは……蛇みたいに長い」
「そんなことはないと思うが……アンタの口の中、存分にかわいがれるくらいの長さはあるかもな」
頬の内側を、彼の舌がくすぐるように押し広げた。
「んっ……でも、こんなの……」
慣れない刺激にどうしていいか分からなくなって、覆い被さっているバルトロメオの胸を押し返す。下半身まで疼いてしまって恥ずかしい。
「アンタ、後ろは案外平気だったのに、口の中は弱いのか」
わずかに濡れた瞳で見下ろして、バルトロメオが笑った。そんな目で見つめられたら理性が飛んでしまう。ユァンは口の中に溜まった唾液を飲み干した。
彼の匂いが鼻を抜けていく。
「またしよう、ユァンが嫌じゃなければ」
なんて誘いだろう。
「嫌じゃない、けど……心の準備が必要そう」
照れ笑いで言うと、言っているそばからまたキスをされた。
「好きだよユァン」
「僕も……好き」
泣きたくなるほどの幸せが、胸の奥からせり上がってきた。
その時だった。すぐ近くで、山羊の首輪につけているカウベルが鳴る。何かあったのか。ユァンはほとんど反射的に、草の上から身を起こした。
山羊の何頭かが同じ方向へ、立てた耳を向けている。
立ち上がってみると、牧草地の脇を通る小道に修道士たちの歩く姿が小さく見えた。
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