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第42話:教会の子供たち8

 すぐ戻ると言っていたバルトロメオは、結局、日が暮れるまで戻ってこず。  夕食時間になってから、食堂にしれっと姿を現した。  食事中の私語は禁止で、ユァンは向かいに座ったバルトロメオに非難の視線を向けることしかできない。バルトロメオはそんなユァンを見て、口角を軽く持ち上げてみせた。 (こっちは心配してたのに!)  その余裕の表情に腹が立つ。  けれども彼はユァンより何倍もたくましく、頭も切れる。その上、法王庁の権威まで利用できる身だ。心配してた、なんて言うのもおこがましくて、だからこそ余計にユァンはモヤモヤしていた。  そこで向かいからフォークが伸びてきて、ユァンの皿に肉をひと切れ放り込んだ。これで許せということなのか。  皿から顔を上げると、頬杖を突いてこっちを見ているバルトロメオと目が合った。その優しげな表情に気勢をそがれてしまう。 「ホントなんなんですか、あなたは……」  つい声に出して言ってしまい、ユァンは慌てて口を閉じた。バルトロメオの笑みが深くなる。  早く部屋に戻って、この人に思う存分苦情を言おう。ゆっくり味わえなくて、肉や野菜に悪いけど。ユァンはそんな思いで皿の上の食事を掻き込んだ。   *  修道士宿舎の自室に入り、背中でドアを閉める。先に部屋に入ったバルトロメオがベッドの縁に腰を下ろした。 「悪かったな」  先手を打って謝られる。 「いったいどこへ行ってたの?」  ユァンが立ったまま聞くと、彼は顔に落ちてきた髪の束を優雅に跳ね上げ、居住まいを正した。 「養護院に行って話を聞いてきた」 「えっ……」  ペティエ神父の取り巻きを捕まえ、問いただすために行ったのかと思っていたのに。そうではなかったらしい。 「養護院にはシスターもいたんだな。道に迷った修道士見習いを演じてみせたら、やたら親切にしてくれたよ」 「シスターたちは、少し離れた女子修道院から派遣されてきていて。僕がいた頃はみんないい人たちだったよ」 「人数比的にも、子供たちにきちんと目が行き届いていそうだった」  バルトロメオは施設に対し、好意的な印象を抱いたようだ。またありもしない疑いをかけ、周りに不快な思いをさせたのでなかったならよかったと、ユァンは密かに胸を撫で下ろす。 「そうでしょう? だから、あそこでめったなことは起こらないよ」 「確かにシスターたちは子供たちを守ろうとしている。けど、気になるのは……」  そこでバルトロメオの表情が曇った。 「……? 何かあるの?」 「シプリアーノ司教の権威が強すぎるってことだ。彼女たちも、あのおっさんを絶対視しているみたいだったし」 「それは司教は、教区全体のトップだから……」  養護院も、そしてシスターを派遣している女子修道院も同じ教区の配下に置かれ、シプリアーノ司教を戴く形になっていた。 「そこは何も不審じゃないでしょう」  そんなユァンの言葉に、バルトロメオは同意も否定もしなかった。 「もう十数年、シプリアーノの時代が続いている。強すぎる権力は(よど)みを生む。仮にトップが聖人君子だとしてもな」  そんなことを言われても、ユァンは何を言っていいのか分からない。 「トップが強すぎると、周りが文句を言えないだろう。すると側近が好き勝手する。古今東西、どこででもあることだ」  バルトロメオは世間話でもするような調子で話し、そこでふと表情を引き締めた。

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