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第50話:教会の子供たち16
「どうして? 僕はこんなこと、望んでない!」
後ろから抱きついているこの人は、明らかに自分に暗い欲望をぶつけている。ユァンが明確に拒んでも、それは変わらなかった。
羞恥と混乱が、失望を通り越して怒りに変わる。
ここは聖なる場所ではなかったのか。この人は、いろいろあっても尊敬すべき聖職者だったはずだ。こんなのはひどい裏切りだ。
「バルト……バルトロメオ……」
ユァンは口の中でその名前を唱える。
――アンタのその信頼が、裏切られなければいいんだが。
(あの人の心配していた通りになった。僕は神父さまを、そしてこの聖クリスピアヌスを信じていたのに!)
おそらく、さっき逃げていった子は同じ被害にあっている。親のいない子供たちをお菓子や映画で釣って弄ぶ、そんなことが平然と行われている。
神父も、それに協力したブラザーたちも同罪だ。それに気づかずに、闇雲に彼らを信じていたユァン自身だって……。
(盗人にパンを与えよと聖人は言っている。けど僕は……こんなふうに踏みにじられるのは嫌だ!)
拳を握り、キッと神父を振り返った時――。
(え――!?)
大きな水音とともに、目の前に突然水柱が上がった。
「うわあっ! なんだ!?」
頭から水を浴び、ペティエ神父が悲鳴をあげる。自分も水を浴びたけれど、ユァンはそれより神父の体が離れたことにほっとした。
どうして庭に水が降ってくるのか。驚いて見上げると、すぐ上に見える二階の窓に、片足を乗り上げて立っている人影がある。
彼の手にはバケツが握られていた。
「何をするんだ!」
ペティエ神父が怒りの声をぶつける。
「悪いな、神父さま! 掃除をしていたら手が滑った」
暗くてよく見えないが、その響きのある声はバルトロメオだ。ユァンや子供たちを心配して、二階から様子を窺 っていたに違いない。
「ふざけるな! なんでこんな時間に掃除をっ」
言いかけた神父の目の前に、二階からバルトロメオが飛び降りてくる。
「――ヒッ!!」
神父が腰を抜かし、尻餅をついた。そんな神父を、いちオクターブ低くなったバルトロメオの声が威嚇 する。
「それより今、木の陰に隠れて何してた!」
「わ、私は何もしていない! 何もしていないからな!」
神父は濡れた修道服のまま、建物の中へずかずかと入っていってしまった。
神父の逃亡により、緊張の糸が一気に緩む。
「ユァンか、アンタまで濡らしてしまって悪かった……って、おい!?」
体の力が抜けてしまい、ユァンは思わずバルトロメオの胸に飛び込んだ。
「……バルト……」
「おいユァン、大丈夫か? あいつに何された」
「……僕は大丈夫、何もなかったよ」
「それならいいんだが……」
バルトロメオが息をつき、ユァンの髪を掻き回す。
「でももう少しだけ、こうさせて……」
今は神父のことを話すより、彼の体温と香りに包まれていたかった。
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