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第58話:獅子と牝山羊1

 朝の礼拝を終え、いつものように山羊たちを連れ出そうとしていると、近くの(やぶ)の中からウグイスの鳴き声が聞こえた。 「もうそんな季節なんだ……」  ウグイスはこの辺りでは復活祭の頃から、だいたい聖餐式(せいさんしき)の時期まで見かける鳥だ。 「どうした? ユァン」  藪を見つめるユァンを不思議に思ったんだろう。バルトロメオが山羊たちをまとわりつかせながら聞いてきた。彼はどういうわけか山羊たちにとても人気だ。 「ウグイスがいるみたい」 「ウグイス?」 「えーと、かわいい声で鳴く小さな鳥。声は聞こえても、内気なのかあまり藪の中からは出てこないんだ」 「なんだそれ、ユァンみたいだな」 「なんで僕?」 「内気だけど、ベッドでの鳴き声はめちゃくちゃかわいい」  バルトロメオがからかうでもなく言うので、ユァンは反応に困ってしまった。見ると山羊を撫でる彼の親指の付け根には、ユァンがつけた噛み痕がくっきりと残っている。 「それ、ごめんね?」  謝るユァンの視線を追い、バルトロメオはその手を持ち上げた。 「これか」 「僕が言うのも変だけど、早く治りますように」 「なんで。この傷は一生ついててほしい」 「バルト……」  彼が嬉しそうに言うのでユァンは余計に恥ずかしい。バルトロメオが傷のある親指の付け根にキスをした。 「俺にとって勲章だから」 「僕にとっては失態のあとなんだけど……」  もじもじしていると、その手で髪を撫でられる。 「愛してるよユァン」 「えっ……」  思わず近くにいる山羊たちを見た。ユキにまっすぐ見つめられ、ドキリとする。 「ユァンは言ってくれないのか?」  バルトロメオの声に、今度はからかいのニュアンスが含まれていた。 「俺はまだユキに勝てないのか」 「そうじゃなくて……修道士は、みんなを平等に愛さなければいけない気が……」 「ふうん?」  これ見よがしに親指を眺め、バルトロメオが意地悪く笑う。 「でも、噛み痕は平等につけられないだろ」 「それは……」  山羊たちがみんな出たのを確認し、囲いの出入り口を閉じた。 「確かに……ああいうことをする相手はバルトだけだよ……」 「俺だけ?」 「そんなの、聞かなくても分かるでしょ」  そもそもああいうことをするのは立場上、許されないわけで。そこを押してことに及ぶというのは、すべてを投げ打つ覚悟でなければできない。少なくともユァンにとっては……。 「ユァン、こっち見て言ってくれよ」 「……!」  うつむいて山羊を数えるフリをしていると、バルトロメオの人差し指に顎を持ち上げられた。背の高い彼と、ぴったりと目が合う。 「何を言わせたいの、バルトは僕に」

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