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第59話:獅子と牝山羊2
「何を言わせたいの、バルトは僕に」
「ああ、いや……その顔を見たら聞かなくてもよくなった」
「……?」
「瞳は言葉よりも雄弁だ」
ニッと白い歯を見せて笑われ、ユァンは自分が赤くなっているだろうことに気づいた。実際、頬も耳も熱かった。
そこで、またウグイスの声が響く。
「あっ!」
バルトロメオとユァン、二人同時に息を呑んだ。
「どこだ?」
「えーと……」
ところが続けて時計台の鐘が鳴り、その音に驚いたんだろう、小鳥の飛び去る羽音が響く。
「ああ、行っちゃったみたいだね……」
「もうそんな時間か」
バルトロメオがユァンに触れていた手を離し、すらりとしたシルエットを見せるロマネスク建築の上層階を見上げた。
「あれ、なんかあるの?」
「ペティエ神父の件。話しに行ったら、この時間に出直して来いと言われたんだ」
彼の視線の先にシプリアーノ司教の執務室があった。
「わざわざ出直させるなんて、あのおっさんも何を企んでいることやら」
「他に用事があっただけだと思うけど。そもそもあんなえらい人のところへ、約束もなしに行くバルトがすごいよ」
言外に非難しても、バルトロメオは笑うだけだ。
「アポなしで行かなきゃ向こうが身構えるだろ。そうすると、いろいろ聞き出すのには不利になる」
「もう。分かったから、司教さまを待たせないで」
「いや、逆にじらして本音を引き出すっていう戦法もあるか」
「戦法っていうか……それ、バルトが楽しんでるだけでしょ」
ユァンは彼の背中をぐっと押した。
「いいから行って!」
「ああ。じゃあまたあとでな」
バルトロメオが建物に向かって歩きだし、ユァンは彼に追いすがろうとする山羊の首輪を捕まえる。
「僕たちは散歩に行こう。雨が降らないうちに」
それから牧草地の方を見ると、いつの間に出てきたんだろう、遠くの空に灰色の雲がかかっていた。
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