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第60話:獅子と牝山羊3
それから山羊たちを追い、正門から続く糸杉の道を横切ろうとしていた時だった。
こちらへ来る、真っ白なローブを着た青年の姿を見つける。ここの修道士が着るのは黒のローブだが。
あの白いローブは確か、法王庁で行われる式典の映像で見た……。
「えっ……?」
白いローブの胸には大きく法王庁の紋章が、金糸銀糸を使って刺繍されている。
(法王庁の人? バルトと同じ……)
思わず口を開けて見ていると、その彼と目が合ってしまった。
金褐色のさらさらとした髪を揺らしながら、彼はユァンの前まで歩いてくる。
同じ法王庁の人間といっても野性味のあるバルトロメオとは違い、彼は陶器のような肌、ガラス玉のような目をしていた。
「……すみません」
ユァンが慌てて道を譲ったけれど、彼は立ち止まったまま動かない。
「あの……?」
突然彼の手が伸びてきて、バルトロメオがするように指先でユァンの顎を持ち上げた。
「名前は?」
「……ユァンです……」
好奇心旺盛な山羊の何頭かが、彼のローブの匂いを嗅ぎに行った。ユァンはヒヤヒヤしながら、横目でそれを追う。
「きれいな子だけど……もうバルトロメオのお手つきなのかな?」
「え……?」
「遠くからきみたちを見て、そうなのかなと思った。この顔はいかにもあいつ好みだしね」
すっと目を細めて笑われた。彼はユァンの反応を待たずに続ける。
「けど悪いことは言わないよ、あいつはやめておいた方がいい。といっても、きみみたいな大人しそうな子が、あの狂犬を拒むのは難しいか」
ユァンの顎を持ち上げていた彼の指が、するりと頬を撫でて離れていく。
「……可哀想にね。きみの泣き顔を想像したら、自然と哀れみの情が湧いてきたよ。そうならないよう、僕が助けてあげよう。あいつなんか捨てて僕のところにおいで」
「え……あっ、あの……?」
言っていることがよく分からないが、一人で勝手に話を進める人だということは分かった。バルトロメオも自分勝手で強引なところがあるけれど、法王庁の住人はこんな感じの人ばかりなのか。
「またあとでね、ユァン」
青年は言いたいことだけ言って、ユァンの前を通り過ぎていってしまう。
「あっ、あなたは……」
背中に向かって話しかけると、彼が肩越しに振り向いた。
ユァンは勇気を出して続ける。
「バルトロメオさんのお知り合いなんですか?」
「そうだね、知り合いといえば知り合いかな。けど僕が知っているのは、あいつが人殺しのクソ野郎だっていうことくらいだよ」
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