62 / 116

第62話:獅子と牝山羊5

「……あ……」 「くちあけ……ほっぺたの裏側……こうされるの、好きだろ……」  キスをくり返しながらそんなことを言われる。 (うわ……)  唾液を乗せた彼の舌先が、頬の内側をゆっくりと撫でていった。  ひざの上で握っていた手の甲に、ポタリと水滴が落ちる。  ごくりと唾を飲んだ途端にまた彼の舌が入ってきて、口の中で唾液を混ぜ合わせた。  今度はユァンが飲み下す前に、彼が飲んでしまう。  どこまでが自分の口の中なのか、境目が分からなくなってしまった。  ひざの上にユキが頭を擦りつけてくる。ユァンはバルトロメオのキスを受けながら、彼女の頭を撫でた。  山羊たちはこんな自分たちをどう思っているんだろうか。気恥ずかしいけれど、気持ちよくてキスをやめることができない。  ユァンはいつの間にか自分から、彼の舌を吸っていた。  そんな時だった。  敷き藁を踏む足音が耳に届き、ユァンは慌てて唇を離した。 (うそ……!?)  山羊小屋の戸口に立っていたのは、いかにもここに似つかわしくない人物――シプリアーノ司教だった。  背の高い司教が、頭を傾け山羊小屋の戸をくぐった。 「し、司教さま……」  ユァンはバルトロメオのひざから立ち上がる。  バルトロメオは名残惜しそうに、ユァンの腕に触れながらゆっくりと身を起こした。  司教の額に、普段より深いしわが刻まれている。ユァンたちが何をしていたのか、さすがに気づいているようだ。  ユァンは身の縮む思いで司教の足下に視線を落とす。どんなお叱りの言葉があるのかと考えて、自分から謝ってしまおうかと思ったけれど、いま自分たちがしていたことが謝るべきことなのかどうかも分からなかった。  ――恋することを、神は禁じていない。  告解担当の神父としてのバルトロメオの言葉を思い出す。  けれども山羊小屋を押しつぶすような沈黙が、ただただユァンを怯えさせた。 「何かご用ですか」  後ろから聞こえたバルトロメオの声がふてぶてしくて、ユァンは余計に身が縮む。  司教の目がバルトロメオを一瞥(いちべつ)したあと、ユァンに向けられた。 「ユァン、来なさい」  怒りを押し殺したような、低い声で呼ばれる。ユァンは操られるように司教のそばへ歩み寄った。

ともだちにシェアしよう!