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第64話:獅子と牝山羊7
それにしても、バルトロメオと引き離されるなんて想定外の事態だ。
「ねえ、バルトはどこの部屋に移動するの? なんで自分で荷物を取りに来ないの?」
内心動揺しながらもルカに聞く。
「そんなこと俺が知るかよ。俺は寮長に言われて荷物を取りに来ただけだ」
ルカは面倒くさそうにするものの、すぐに部屋を出ていこうとはしなかった。バルトロメオの衣類を洗濯用のバスケットに放り込み、ため息をつきながらユァンを見る。
「ユァンお前……そんなにあいつのことが好きなのか」
「え、それは……」
どう答えればいいのか、言葉に詰まった。
ルカはバルトロメオのベッドにどかっと腰を下ろし、呆れ顔をしてみせる。
「ホントお前は正直だなー。……でもま、分かるよ。あいつならユァンを別の世界へ連れ出せる、そんな感じはするもんな。特に根拠はないけどさ」
「どういうこと? 僕はここを出たいなんてこと、少しも……」
「それ……本気で言ってんのか?」
ルカの鼻にしわが寄った。
「お前に帰る場所がないことは知ってる。けどこんなとこ……出られるなら出るに越したことないだろ! 自由もない、金もない。あるのはピラミット型の権力構造と、それから……人助けには腰が重い神さまだけだ」
「ルカ……」
ルカがそんなふうに思っていたなんて、ユァンは思いもしなかった。
「僕には神さまと山羊がいる……」
つぶやくように言うと、ルカが眉尻を下げ、悲しげに笑う。
「それは何もないのと同じことだ」
窓から湿った夜風が吹き込んできて、ルカが無言で窓を閉めた。いつの間にか外では雨が降っている。
「ユァン、暖かくして寝ろよ」
バスケットを小脇に挟み、ルカは部屋を出ていってしまった。
遠ざかる足音を聞いてユァンは、たった一人取り残されたことをひしひしと実感する。座っていた自分のベッドから腰を上げ、向かいにあるバルトロメオのベッドへ移動した。シーツは洗っていない、昨日のままだ。
彼の荷物がなくなってしまった部屋で、ユァンは彼の残り香を探す。
もう会えないってわけじゃないのに……。
いや、意図して引き離されたなら、今後会える保証はないのかもしれない。
漠とした不安に耐えきれず、そのまま彼のベッドで眠った――。
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