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第74話:獅子と牝山羊17
まっすぐに見つめ返してくる、強い瞳に圧倒される。
「本当だとしたら……僕は……」
想像してみて、ユァンは沸き上がってきた感情を言葉に変えた。
「悲しい……けど、そんなバルトのことが愛おしい」
自分の言葉のぎこちなさにほんの少し落ち込む。
「……それだけか?」
バルトロメオが小さく笑った。
「うん。過去に何があったとしても、僕はバルトを信じてるから」
「ユァン……」
腕を広げ、静かに抱きしめられた。パンがひざの上でカサリと音をたてる。
バルトロメオの腕は力強くて温かい。ユァンはその存在の大きさを、身をもって感じ取った。
この人が過去に過ちを犯したなら、それはもう、十分に罪と罰を受け入れていることだろう。ユァンが責めるべきことなんて何もありはしないはずだ。ただ修道士として恋人として、心の傷が癒えますようにと祈るだけ……。
「僕、ブラザー・ヒエロニムスに言ったんだ。バルトのことを愛してるって……」
「え……?」
バルトロメオが、ユァンの首筋に埋めていた顔を持ち上げた。
「あの時僕は、彼の言葉を信じていなかった。バルトに、そんな悲しい過去は似合わない気がして。でも……」
ユァンは彼のぬくもりを感じながら、肩越しに山羊たちのいる草原を眺める。
「でも今、バルトの過去がどうあれ、僕の気持ちは変わらないって分かったよ。こんなふうに人を好きになったのは生まれて初めて」
想いを打ち明けると、バルトロメオが抱きしめる腕を緩めてユァンの顔を見た。
「過去がどうあれ、か……」
「うん……」
「きっと俺たちには未来があるよな」
彼は願いを込めるように、糸杉の枝の向こうに広がる空を見上げた。
「……けど、ひとつ気に入らないな。なんで俺じゃなくあいつに言うんだよ」
バルトロメオが拗ねたように口を尖らせる。
「なんのこと?」
「だから……〝愛してる〟って」
「あっ……!」
ユァンはハッと息を呑んだ。そういえばバルトロメオには〝愛してる〟と言われても、同じ言葉を返せずにいた。恥ずかしさと、修道士としての立場がどうにも邪魔をして。
「なんでって、それは……」
不満顔をする彼に動揺しつつも、ユァンは自分の胸に聞いてみる。
「バルトがいなくなって、心配で会いたくて……。司教さまは僕をバルトのそばにはいさせられないって言うし……ソドミーなんかもってのほかだって言うし……」
言いながら恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
「僕は神さまが駄目だって言っても、バルトのそばにいたいしバルトが欲しいって思ったんだ。こうやって口に出してみると、自分の気持ちばかりで恥ずかしいけれど……」
本当に、耳の中まで熱かった。
「離れて初めて、自分の正直な気持ちに気づいたんだ」
愛を語りながら、ユァンは自分がこんなにも饒舌 な人間だったのかと驚く。控えめで従順で、周りの不興を買うことをひどく恐れていた少年は過去のものになっていた。
今はただ、恋人の拗ねた顔を、どうにか笑顔にしたいと願っている。
それでユァンはバルトロメオの頬に触れ、ゆっくりと唇を近づけた。
しかし唇同士が触れ合うまであと一歩のところで動けなくなってしまった。どうしよう。バルトロメオの戸惑うようなまばたきを、肌で感じる。
「……ユァン、キスしてくれないのか?」
「……っ、やっぱり……また今度……」
「今なら、シプリアーノのおっさんも見ていないと思うけど」
バルトロメオがニヤリと笑った。
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