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第78話:獅子と牝山羊21

「司教は初めから知ってたんじゃないか? ペティエ神父にその気があるってこと」 「その気って……」  一瞬、何を言われているのか分からなかった。 「待って、あり得ないよ! あの厳格な司教さまが、ペティエ神父の本性を知っていて好き勝手にさせるなんて」 「そう言うけどさ、何かしらの事情があって目をつぶっていたのかもしれないだろ? 例えばペティエ神父に弱みを握られているとか、借りがあるとか」  ユァンとしては〝あり得ない〟で片づけてしまえる話だったのに、バルトロメオは真剣だった。それでユァンも真剣に考えざるを得なくなる。  確かに、シプリアーノ司教もペティエ神父も同じ四十代。これまで手を携え、地域の教会組織を支えてきた友人同士だ。だからといって司教が友の悪事を見逃し、それを助長するようなポストに置くとは思えないが……。 (あっ……)  ユァンはある可能性を思いつき、顔を歪める。  司教は神父の性癖を知りながら、彼を信じて養護院を任せ、結果として裏切られたのかもしれない。どちらにしても司教には任命責任があるはずで、リッカを怯えさせユァンを辱めた責任は、彼にもあるということにならないか。  ――ユァン、我々は神に仕える身だ。神との契約は絶対だ。禁欲の誓いも当然、守られなければならない。  あんなことを言っておいて、司教は弱い者を守らずに、恋人たちを縛り付けるだけなのか。あくまで仮定の話だが、ユァンの中にある司教への信頼に暗い影が射した。  立ち止まったまま自分の足下を見つめていると、バルトロメオがユァンの肩に触れてくる。 「すまない。憶測で余計なことを言って、アンタを不快にさせた」  ユァンは首を横に振った。 「不快だなんて……。僕はペティエ神父を無闇に信じるっていう間違いを犯した。もちろん司教さまのことは尊敬してるけど、今度こそ真実から目を逸らしたくない。だからバルトも、思ったことを僕に教えて」  バルトロメオの口角がほんの少し上がる。 「それを聞いて安心した。ユァンは強いな」  そんなことをバルトロメオに言われると恥ずかしい。けれど否定はしないでおいた。きっと自分は、彼が言うように強くなる必要があるから……。  雑木林の中の小道を抜け、前方に修道院の建物群が見えてきた。空に向かってすらりと伸びた、時計台の尖塔が美しい。  けれど、あそこへ帰り着いてしまえば、今日はもうバルトロメオとお別れだ。 「また会えるよね?」  足を止めて聞くと、彼はぽんぽんとユァンの髪を撫でてくる。 「当たり前だ。いくらでも忍んで行くよ」  奉仕活動と内偵捜査と、それに加えペティエ神父に見張られている状況で、実際のところ簡単に会えはしないだろう。しかしそれを言っても仕方がない。ユァンは本音を胸に閉じ込めた。 「うん、ありがとう」  するとバルトロメオが身を屈め、耳打ちしてくる。 「昼間はなかなか会えないだろうから、夜這いに行く」 「えっ……?」 (夜這いって言った?) 「修道士でも夜這いくらい知ってるだろう」  きょとんとしていると、からかうような調子で言われた。 「知ってるけど……何かの例えかなって……」  小声で反論するユァンを見て、バルトロメオが笑みを濃くする。 「まあ、楽しみにしててくれよ」 「楽しみに……」  そんなことを言われても、ユァンは照れくさくて敵わない。熱を持ってしまった頬をパタパタと仰いでいると、バルトロメオは「じゃあ」と手を振りパン工房の方へ駆けていってしまった。  去り際の鮮やかさに舌を巻く。 (きっと僕をしんみりさせたくなくて、あんなことを言ったんだよね?)  そんな彼の気遣いがあたたかかった。

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