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第79話:獅子と牝山羊22

 その夜。修道士宿舎のユァンの部屋には、バルトロメオの代わりにルカが戻ってきていた。 「同室のやつのいびきがうるさくてさ。それで思い出したんだよ、ここが空いてたって」  ルカは就寝時間に枕だけ持ってきて、空いているベッドに潜り込む。 「あっ、シーツ替えておいてくれたのか」  ルカが口元まで持ってきたシーツの端をスンスンと嗅いだ。 「ああ、うん……」 (バルトが来るかもって思ったから、替えておいたんだけどね……)  ユァンは曖昧に微笑む。 (それでルカが安眠できるなら、よかったのかな? あ、けどバルトが本当に来たらどうなるんだろう……)  暗がりの中で鉢合わせ、なんてことにはならないだろうか。  戸惑いながら見つめていると、ルカが怪訝そうに聞いてきた。 「どうした? ユァン」 「えーと……ううん。なんでもない」  彼が夜這いに来るかも、なんて打ち明ける勇気はない。 (バルトが来るまで、僕は起きてた方がいいのかな?)  そんなことを思ったが、ユァンも疲れていてその日はそのまま眠ってしまった。  *  ある時、夢の中で、ユァンは雄の子山羊だった。  きれいな色のハナムグリを追いかけて遊んでいたら、いつの間にか仲間の群れが見えなくなっていた。  ここはどこだろう? 周りに見えるのは背の高い草ばかりで、自分がどちらから来たのかも分からない。闇雲に歩くうち、薄暗い藪の中に入ってしまった。  だんだんと前に進むのが怖くなる。でも一人でいるのも恐ろしい。  きっともう群れからは、だいぶ離れてしまっただろう。耳元で蜂の羽音がして慌てて逃げる。  今は自分で自分の身を守らなければ。  目の前に木の柵に囲まれた明るい場所を見つけたので、柵の下に潜り込み、そこへ入った。狭い場所を通るのは得意だ。  ちょうど水たまりを見つけ、僕はその水でのどを潤す。白い前脚が少し汚れた。  空を映す水面から顔を上げると、そこは明るく見晴らしがいいけれど、なんだか寂しい場所だった。動物も虫も、生きているものの気配がない。  ああ、ここは墓地なんだなと、子山羊の僕は気づいた。  ここは誰かを(いた)むための場所だ。生きているものが、気軽に立ち寄るべき場所じゃない。なんだか少し、雰囲気が怖いし。  少しだけ休んで戻ろう。そうして日向で体を温めていると……。 ああ……。僕は何か、とても美しいものに出会った。  墓石の前をゆっくりと進んでくる、大きな四つ足の生きもの。  立派なたてがみを持つ、黄金の獅子だった。  獅子は僕に気づくと、一旦足を止め、それからゆっくり来て鼻先を近づける。  食べられてしまうんじゃないかと思ったけれど、獅子は優しい目をしていた。  僕はすぐに好きになった。  顔をぺろりと舐められ、胸が高鳴る。  僕はユァンです。名前を聞かれた気がして、そう答えた。

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