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第83話:罪と愛1
次の日曜――。
大聖堂での礼拝を終えたあと、ユァンはそのまま奥にある告解室へ向かった。
「今日の告解の担当はシプリアーノ司教だ」
礼拝前に、他の神父たちが話していたのを小耳に挟んでいる。普段ならシプリアーノ司教のいる告解室に入るのは気が重いところだが、今日に関しては事情が違った。
ユァンには告白すべきこともあるが、告白させるべきこともある。
司教は知っていて、ペティエ神父を養護院の相談役に任命したのだろうか。もし知っていたとすれば、どんな考えがあってのことなのか。それを聞かなければならない。問いただすことが自分の役目かといえば、胸を張って「そうだ」とは言えないユァンだったが……。
これ以上、聖クリスピアヌスの闇から目を背け続けたくはない。だったら、神に仕える者として自分にできることをしよう。あれから数日、ユァンは考えあぐねた上でそう決意していた。
*
硬い大理石の床を踏み、告解室のある奥へ進むと、その辺りに人の気配はなかった。
重厚感のある古い建物の匂い、高い天井から下りてくる冷え冷えとした空気が、吹き溜まりのようにそこに滞留している。
朝から降り続く雨の音が、厚い壁の向こうから微かに聞こえていた。
ユァンは深呼吸して気持ちを落ち着け、木彫りのレリーフに囲まれた告解室の小部屋に入った。中に入りカーテンを引けば、入室中の合図になる。
(はぁ、バルト……)
隣の小部屋に司教が来るのを待ちながら、ユァンは緊張の中、バルトロメオのことを思った。
あれから彼には会えていない。一度ペティエ神父たちと出かけていくところを見かけたが、それも遠くから後ろ姿を見ただけだった。
今のユァンの行動を知ったら、彼はどう思うだろうか。ユァンには分からない。
けれどあの人は法王庁からの密命と自分自身の正義に則り、今この修道院を調べている。だったらユァンは当事者として、何もしないわけにはいかない気がした。
ともかくもう決めたことだ。悩んだり、怯えたりする時じゃない。
小部屋の外で動く気配を感じ、ユァンは自分の内側に向いていた意識を外へ向けた。
咳払いがひとつ聞こえる。
「待たせてすまないね」
シプリアーノ司教の声だ。普段通りの落ち着いた声色をしている。
「いえ、お願いします」
ユァンが返事をしたのと、向こうの小部屋でドアが閉まる音とがほぼ同時だった。ふたつの小部屋を隔てるカーテンの向こうで、司教が座る気配がした。
雨音が遠ざかる。
「打ち明けたいことがあるのだね、話を聞こう」
揺らぎのあるテノールが、すぐ近くで響いた。
「はい……」
ユァンはひざの上でぎゅっと拳を握り、司教のいる方を見た。
「私はある人に対し、疑念を向けています。本来なら信じるべき人です」
「…………。続けなさい」
カーテンの向こうの反応を窺ったが、ただそれだけ返される。
(何から話せば……)
向こうから質問してくれないので話しにくい。司教は何を考えているのか、それとも何も考えていないのか……。
暗い小部屋で頭を悩ませながら、ユァンは言葉を紡ぐ。
「正直に言います……。私は、人を信じることは正しいことだと思っていました。人は本来善なるものだと。その善なる部分を信じることが、神の道だと確信していました。けれど今は、その考えに疑いを持っています」
一呼吸置いて、司教の声が聞こえてきた。
「その考えは一面では正しい。が、自らを危険にさらす。人の善なる部分だけを見つめていては、状況を見誤るということだ。信じることと見極めることは、別個に存在しなければならない」
司教の言葉は、研ぎ澄まされたナイフのように明快だ。その鮮やかな切れ味を前に、ユァンは早くもひれ伏したくなる。
けれどもここへは議論をしに来たわけではなかった。動揺を悟られてはいけない。冷静に……。
「ええ、ですから私はあなたを見極めに来たんです」
告解室を取り巻く空気が、ピリピリとしたものに変わった。
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