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第85話:罪と愛3

 しかし禁欲の誓いそのものの存在に疑問を呈する暇もなく、司教が畳みかけた。 「禁欲によって押さえ込んでいるのは、もともと人が生まれ持つ魔物だ。副作用があるからといって禁欲を放棄してしまえば、さらに大きな災いを呼ぶ」 「大きな災い?」 「ユァン……分かっていると思うが、外の世界では多くの悲劇が日々くり返されている。教会という箱船に構造上の欠陥があったとしてもだ、外に比べればここは楽園だ。そして傷ひとつない完璧な船は、残念ながらこの世界には存在しない」  言葉がなかった。ユァンは打ちのめされていた。 「……それでは弱い者は、傷つけられたままでいるしかないのですか……」 「一方は悔い改めること、もう一方は許すことで心の救済は可能だ」  司教の言葉は、どこまでも他人事のように聞こえる。 (それでは、悲劇を根本から絶ち切ることはできない……)  悲劇の原因は、自分たちが神に向き合うことばかりに傾倒し、人と向き合う術を知らないせいではないのか。顔の見えない師を前に、ユァンはその考えを口にすべきかどうか迷っていた。 「やっぱり我々は、人として愛を知るべきでは……」  上手く会話が噛み合っていないのか、カーテンの向こうからの返事はなかった。 「司教さま、僕はあの人を知って、ようやく自分を取り巻く世界とまっすぐに向き合えるようになりました」 「……ユァン、思い上がるな」  布越しの怒気を孕んだ声に、浮き足立っていた体が震える。 「お前はあの男にのぼせて、自分を見失っているだけだ」 「…………。だとしても僕は、自分が間違っているとは思えません!」 「ユァン、口を慎め」 「聞いてください」  隣の小部屋でガタリと大きな物音がした。 「司教さま……?」  返事はない。ユァンは速い胸の鼓動を感じながら、腰を浮かせていた椅子から離れた。そして告解室の小部屋のドアを開け――。  その瞬間、心臓が止まりそうになった。暗い大聖堂に光が射し、雷鳴が轟く。  ユァンの前にはシプリアーノ司教が、鋼鉄の壁のように立ちはだかっていた――。

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