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第86話:罪と愛4

 それからどれくらいの時間が経ったのか……。  目を開けるとそこには、真っ白な天井が広がっていた。背中の下は硬めのベッド。首を回さなければ天井の隅が見えなくて、ユァンは今いる場所が宿舎の二人部屋ではないと知った。 (どこ……?)  広いが殺風景な部屋を見回す。デスクと水差しと、小さな祭壇が見える。日焼けしたオフホワイトのカーテンの向こうに、日差しの気配はなかった。となると今は夜だろうか。大聖堂でも響いていた、サワサワという雨音が微かに聞こえていた。  そうだ、大聖堂。日曜礼拝のあと、ユァンは大聖堂の奥にある告解室に行ったのだ。そこでシプリアーノ司教と話をして……。 (あっ!)  左手首を持ち上げ、そこを大きな手につかまれたことを思い出す。けれどその先の記憶をたどろうとしても、何も思い出せなかった。 「まただ……」  ひとりため息をつく。何か衝撃的なことが起こると、そのショックで意識が飛んでしまうことがある。いつからなのかは分からない。けれどずっと幼い頃からの癖だと思う。  それとは別に、修道院に引き取られる前の記憶もほとんどなくて……。  以前医師に、自己防衛的に、無意識下で記憶を封印しているのではないかと言われたが……。 「困る、山羊たちの世話があるのに……」  ユァンは片手でこめかみを押しながら体を起こす。それから窓辺に行って外を見て、今いる場所が聖クリスピアヌス本館の、上層階だと気づいた。  窓の下に三階建ての宿舎の屋根が見えるところをみると、ここはおそらく本館の四階だ。 (ここ、司教さまのお部屋だ)  本館に居室を持つ者はシプリアーノ司教しかいないはずだ。そして彼の居室は、修道院長の執務室から階段を上がった真上にある。  ずいぶん来ていなかったせいで、ユァンはこの部屋の存在を忘れかけていた。 (そうか、ここが……)  気づいた途端に部屋の匂いが気になりだす。下の執務室と同じ香りがした。屋根裏部屋に置きっ放しにしていたシーツのような……いや、これは四階にあるこの部屋のカーテンの匂いだ。  無意識に手を触れていた厚手のカーテンは、古いまま洗いざらしで窓辺にぶら下がっている。  それからユァンはそのカーテンの脇にある、クロゼットが気になりだした。アンティーク調にデザインされたクロゼットの取っ手に、あまり似つかわしくない無骨な南京錠がかかっていた。  どうしてこんなところに鍵をかけるのか。それを考えると、そこには絶対に見てはいけないものが入っているような気がした。  ユァンはゆっくりと、クロゼットのある窓辺から遠ざかる。あの南京錠の鍵は確か、デスクの一番上の引き出しに入っている。どうしてかユァンはそれを知っていた。  なぜ……。 (駄目だ――)  頭の中で誰かが警告した。 (ここにいてはいけない――)  後ずさりしていたユァンは、元いたベッドの縁にたどり着き、そこに片腕を突く。この部屋から出たいのに、目眩がしてしまいすぐには動けそうになかった。  不調が去っていくまで、そのままの姿勢でやり過ごす。何度か深呼吸して唾を呑み込み、少しは落ち着いてきた。 「……っ、行かなきゃ!」  自分を励ますようにつぶやき、腰を上げようとしたその時……。  階段を上る足音が聞こえ、入り口のドアのところで止まった。 (え……?)  金属の鈍い摩擦音が響く。ドアは外側からゆっくりと開かれる。  そしてそこに立っていたのは、背の高い人物――シプリアーノ司教だった。

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