90 / 116
第90話:罪と愛8
「バルトはかっこいいね」
「は? なんだよ急に」
眉間に小さくしわが寄った。
「急にじゃなくて、前から思ってたけど」
「こういう時にそういうこと、言わなくていい」
そう言って目を合わせてくれないバルトロメオは、やっぱり照れているんだろうか。
――彼はそのうち、お前への興味を失うだろう。
司教の残像が頭の中で意地悪く言ったけれど、少なくとも自分は何度でも彼に惚れ直すだろうと、ユァンは思った。
再会の感動を噛みしめたところで、本来あるべき思考が戻ってきた。
「どうして来てくれたの?」
ユァンが聞くと、バルトロメオは屋根を進みながら事情を話してくれる。
「アンタの部屋へ夜這いに行ったらルカがいて、ユァンを探せって泣きついてきてさ」
「えっ、ルカが?」
「寝てるとこ窓から入っていったから、初めは警戒されたけどな」
それは警戒するだろう……。怯えながら怒るルカの姿が目に浮かぶ。
「あいつ、今日は雨なのにずっとユァンの姿を見なかったって。俺と一緒じゃなかったなら、何かあったんだろうと心配してた」
そういえば今日は雨の日曜日だった。雨降りの日に山羊を散歩に出すことはないから、普段ならユァンも部屋で過ごすはずだ。そう考えるとルカが心配するのも頷けた。
「それで僕のこと、そこらじゅう探し回ってくれてたの?」
聞くとやや間があり、バルトロメオからの答えが返ってくる。
「……いや、司教がユァンを連れて執務室に入っていくのを見たってやつがいて」
「だからあの部屋に?」
「ああ、まあ。窓から中を覗くのには少し勇気が要ったよ」
(それは……もしかして、僕と司教さまの関係を疑って?)
困惑し、見つめるユァンの視線の先で、バルトロメオが続ける。
「ユァン、司教と何があった」
彼が心配するような意味では何もない。けれど、話さなければならない、もっと大事なことがあったのだった。
「実は……聞きに行ったんだ。大聖堂の告解室まで。ペティエ神父のこと、司教さまは知っていたんじゃないかってことを」
「……え?」
バルトロメオの、前へ進むリズムが変わった。
「それで、おっさんはなんて言ってた?」
「それが……司教さまは知っていたみたい。欲望のはけ口を持たない修道士が弱い者にそれを向けるのは、ある意味必然だって……そんなようなことを言っていた」
あの時感じた衝撃と胸の痛みがぶり返し、ユァンは唇を噛む。
「なんだそれ……」
バルトロメオの足が止まった。
「……やろう! やっぱあそこで殴っておくべきだったか! 自分が傷つけた相手の前で、よくもそんなことが言える!」
「でも……僕が被害者だってことは、司教さまは知らないはずじゃ……」
ユァンがペティエ神父のパーティに忍び込んだことは、リッカとセイヤ、それにバルトロメオしか知らない。神父の被害者は匿名の少年たちということになっている。
ところがバルトロメオは、司教の部屋がある方向を睨んだまま、動こうとしなかった。
「バルト……?」
鬼気迫った横顔を見つめ、ユァンは嫌な予感を覚える。
(バルトはやっぱり、僕と司教さまの関係を疑ってる? それで僕が司教さまに傷つけられたと思うなら……)
恋人の瞳に燃える怒りの正体に思いを巡らせ、ユァンは固く閉ざされた記憶の箱を見つけてしまった気がした。
きっとこの箱は、けっして開けてはいけない――。
ところが彼の口から、無情な言葉がこぼれ出る。
ともだちにシェアしよう!