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第91話:罪と愛9

「ペティエ神父の口を割らせるのは簡単だった……。確かに、この聖クリスピアヌスで天使への陵辱は行われていた。けれどそれは過去のことだ。なぜなら司教が、ユァンに飽きてしまったからだ。今頃になって、どうしてそんな古い話が蒸し返されるのか分からない。あの男はそう言っていた」 「僕、が……?」  それ以外、なんと返していいのかユァンには分からなかった。  息をつき、バルトロメオは続ける。 「ペティエ神父は司教とユァンとのことを知っていて、口をつぐむ代わりに司教からお目こぼしをしてもらっていた。少なくとも本人はその認識だった。投書の主はおそらくこの共犯関係を知っていて……」 「待って!」  ユァンは頭痛を感じながら、首を横に振る。 「僕には分からないんだ……! 何も……」 「そうだよな。実際のとこアンタは何も覚えていないんだろう。けど……」  バルトロメオの視線が、司教の部屋のある方向から腕の中にいるユァンに戻ってきた。うつむく彼の瞳には、夜の闇だけが映っている。 「けど、何……?」  不安に苛まれて続きを催促すると、彼は言いあぐねるように視線を揺らした。 「こんなこと、アンタに言うべきかどうか分からないんだが……」 「言ってよ!」  これ以上どんなことがあるのか。  バルトロメオの瞳に悲しみが映る。 「アンタの体は……俺に抱かれる前から男を知っていた」 (……ああ)  ユァンは言葉の続きを催促した、一瞬前の自分を呪った。  そんな話、愛する人の口から聞かされたくなかった。  たまらずにバルトロメオの腕から飛び降りると、今度は正面から強く抱きしめられた。 「ユァン、俺はいいんだ。アンタがどんな過去を背負っていようと。仮に法王の稚児だったとしても、俺には奪いにいく覚悟がある」 「なにそれ……」  頭の上から、バルトロメオの深いため息が聞こえる。 「だってさ、出会った日に、俺の髪に付いた蜘蛛の糸を取ってくれたのはアンタだろう。アンタの魂は蜘蛛の巣にかかった朝露みたいに美しい。世界中のどの宝石より、ずっときれいだ」  ユァンはただのみなしごの山羊使いなのに。大げさに言ってくれることがおかしくて、嬉し くて……。胸が震えた。  バルトロメオが身を屈め、ユァンの唇にキスをする。 「正直俺は、アンタ自身が知りたくもない過去を暴くより、このままアンタを連れ去りたいと思ってる。けど俺には仕事があって、ユァンには山羊がいるんだよな?」 「そうだね……」  頷くとその頭を、ぐりぐりと乱暴に撫でられた。 「そこは少しくらい悩んでくれてもいいだろう。これだけ必死にアピールしてんのに、いつになったら俺は山羊に勝てるんだ!」 「え、そういう意味で言ったんじゃなくて」  お互いに小さく笑って抱きしめ合う。  けれど、その選択はいずれ、現実的に必要になってくるかもしれないとユァンは思った。ここを出る時には、どんな状況にしろ山羊たちと別れることになるのだから……。

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