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第96話:罪と愛14

 いつの間にかテントのそばに、ニット帽の青年が立っていた。その彼にバルトロメオが言葉を返す。 「こいつは俺のだからちょっかい出すなよ」  青年の言う〝ものすごい美人〟と、バルトロメオの言う〝俺の〟は、どうもユァンのことらしい。 「……? 誰?」  ユァンがそっとそでを引くと、バルトロメオが教えてくれた。 「友達。別のボランティア団体から来てる」 「へえ……」 「はじめましてこんにちは~!」 「こ、こんにちは……」  興味津々の顔で微笑んでくる青年に、ユァンも戸惑いながら挨拶を返す。 (外の人と話すの、どれくらいだろう? しかも今日は二人も……)  それからまた何人か人が集まってきて、ユァンはスープを配る準備をしながら彼らの話を聞いていた。 「わあ、山羊がいる! あと誰? そっちのきれいな子は」  あとから来た一人もユァンを見て言う。 「兄貴のコレだって」  ニット帽の彼が小指を立てて教えた。 「え、何、海の向こうからバルトさんを追いかけてきたの?」 「違うよ、こっちの修道院で知り合ったんだ」  バルトロメオは自分たちの関係を隠す様子もなく話す。ユァンはハラハラしたけれど、皆は変には思っていないみたいだった。修道院内なら、間違いなく眉をひそめられる関係なのに。  修道院の敷地を囲む柵の外は、こんなにも風通しがよかったのかと驚いた。 「名前は?」 「ユァンです」 「福音って意味だよ、かわいいだろ?」  バルトロメオが自分のことのように自慢する。 「兄貴、メロメロだな。けどケイ教の修道士って付き合ったりしていいの? 結婚できないだけ?」  ニット帽の彼が聞いてきた。ユァンの隣で配布用の紙皿を広げながら、バルトロメオが答える。 「それは宗派による。俺のところはそういうのにうるさいが、最近は結婚を許しているところも多いよ。時代にそぐわない古い戒律は、若い世代が中心になって変えていかなきゃって、仲間とも話しているところだ」 (そうだったんだ……)  横で話を聞きながら、ユァンは衝撃を受けていた。バルトロメオの周囲が先進的なのかもしれないけれど、同じ教会内でも聖クリスピアヌスと他とでは、まるで空気が違うようだ。  自分たちのいる場所が、小さな島国の小さな教区だということを思い知らされた。  そして世界の他の国々では、同性同士でも結婚できるところが増えているらしい。ソドミーが悪だなんて、本当に教会の中だけでのことだった。  それから河原のテントは嵐のように忙しくなった。スープの配布が始まると、人が待ち構えていたように列を作り、ユァンは腕が痛くなるほどスープをよそった。  あっという間に大鍋の底が見え、ユァンの体力も底を突く。 「お疲れ、ユァン」  人を呼び込んでいたバルトロメオが戻ってきて、ユァンの肩を叩いた。 「こんなに忙しいとは思わなかった」  ため息をつくユァンを見て彼は笑う。 「ユァンが頑張ってくれたおかげで、普段より配布が早く終わった」 「本当に?」 「ああ。その細い腕でよく頑張ったな」  バルトロメオは、やけに大げさに褒めてくれた。 (僕も、役に立てたんだ……)  ユァンの口元は自然とほころぶ。  それからすぐに、周りは撤収作業のかけ声でにぎやかになった。大鍋を川まで運んで洗いながら、ユァンの耳にはその声が心地いい。  初めこの場所に感じていた居心地の悪さは、汗をかくうちに消えてなくなっていた。  *  夕暮れ。山羊たちと一緒にトラックの荷台に揺られて修道院に帰る。  ユァンは正門のところで奉仕活動班のトラックを下りた。 「行こうか、みんな」  連れて出ていた数匹の山羊と、糸杉の並木道を山羊小屋に向かって戻っていく。バルトロメオはまだ荷下ろしがあるそうで、他の修道士たちと一緒にトラックに乗っていってしまった。  別れ際「あとで行く」とささやいてきたあたたかな声が、まだユァンの耳には残っている。 (それにしても、今日はいろんなことがあったな……)  山羊を褒められ外の人たちと同じ時間を過ごし、違う世界の話を聞いた。思い返すと心がふっと軽くなる。いつもと違う景色を見たことで、昨日のショックから一時的にでも立ち直り、前を向けている自分がいた。 (あれ……バルトはそこまで考えて、僕を外へ連れ出してくれたの?)  修道士としてはだいぶ型破りだけれど、やっぱり彼は神に仕える人間だ。迷える者には道を示してくれる。  夕暮れの正門を振り返ると、ふいに彼の乗っていったトラックを追いかけたくなってしまった。  *  そのあと山羊を山羊小屋に入れ、ほっと息をついた時だった。 「ユァン、おかえり。バルトロメオと出かけてたんだって?」 「え……?」  小屋を訪れたその人を見て、ユァンは緩んだ緊張の糸が再び張り詰めるのを感じた。 「ブラザー・ヒエロニムス……」  この人と二人きりになるなんて嫌な予感しかしない。身構えるユァンの前まで、彼はゆっくりと歩み寄ってきた。

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