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第101話:罪と愛19

 彼は視線でユァンを射すくめる。 「言えよユァン。お前の問題はお前だけのものじゃない。そばにいて、何もできないでいる俺の心境にも気付け」 「ルカ……」  お互いに前屈みになり、狭い部屋の中で二人の距離がほんの少し縮まった。  何を話せばいいのか。どこまでなら話しても大丈夫なのか。ユァンはしばらく思案した上、遠巻きに事実を打ち明けた。 「一番の問題は、僕が過去を思い出せないことなんだ」 「過去……?」 「うん……。ここへ来たばかりの頃。年は十歳だった」  ルカの目が部屋の中をさまよった。 「参ったな、覚えてなかったのか」 「え……、どういうこと?」  ユァンはルカを見つめる。 「実は俺も十歳の時、夏の間だけ親元を離れてここに。あの頃は修道院内に教会関係の子供を受け入れてたみたいで。だから俺はユァンのことを知ってた。敷地内で何度か見かけて、二、三度話をした程度だけどな」 「そうだったんだ……」  思いもしなかった事実にユァンは驚く。 「けど大人になったお前は、俺のことなんかこれっぽっちも覚えてなかった。十年以上前のことだし、俺は目立つタイプじゃないから忘れられてても仕方ないけどさ。名乗っても分からないものなのかなって、少し引っかかってはいた」 「それは……ごめん……」  ユァンは腰かけているベッドの上で、小さくならざるを得なかった。 「僕は昔から臆病で人と話すのが苦手だから。ルカから話しかけてもらって覚えてないなんて、自分でもおかしいと思う……。やっぱりその頃の記憶が、ごっそり消えてるとしか思えない」 「修道院にもらわれてくるって、子供にとって相当なことだぞ? ショックが大きくて当然だ」  ルカが慰めるように言った。彼の言う通りかもしれない。けれども今、ユァンは忘れたままでいるわけにはいかなかった。 「僕は、思い出さなきゃいけないんだ。バルトのために」 「あいつのためにか……」  二人の間に、しばしの沈黙が落ちる。  ルカが重たい息を吐き出し、首を横に振った。 「あのなユァン、俺が思うに、思い出せないのには意味がある。つまりその頃の記憶は、思い出さない方がいいってことだ」 「でももう、そういうわけにはいかないんだ」 「あんなやつのために?」 「…………」  黙っていることが肯定だった。 「本当に馬鹿だよユァンは!」  ルカが来て、ユァンのベッドに片ひざを突く。何をするのかと思えば彼は、ユァンをおもむろに抱きしめた。 「……ルカ?」  その胸が震えていることにユァンは驚く。 「ごめんユァン!」 「どうしてルカが謝るの……?」 「俺だって、ユァンのために何かしたいと思ってるのに……」 「そんな、もう十分してもらってるよ」  ユァンからもルカを抱きしめ返した。彼の体は子供みたいにあったかい。  部屋の外から鐘の音が聞こえ、夜の祈りの時間がやってきた。  鐘の余韻が消えてから、ルカが口を開く。 「あの頃のことで、俺にひとつ言えることがある」 「……?」 「お前、あの頃は修道院長にべったりだっただろ」 「うん。養護院に入るまでは司教さまの部屋で寝泊まりしてたから。でも、それがどうしたの?」  ルカが意を決したように、胸のロザリオを握った。 「あの部屋に、鍵のかかったクロゼットがあるんだが……」 (クロゼット?)  確かにユァンも、あの部屋で南京錠のぶら下がったクロゼットを見た。 「俺はあそこの掃除を任されているから知ってる。司教は日々の出来事を日記に書き留めているが、古い日記はどこを探しても見当たらない。おそらくあのクロゼットの中だ」 (あ――!)  ユァンの中で、何かが繋がった気がした。あそこに、知ってはいけない過去が封印されている。 「本当に思い出したいなら、ユァン、あのクロゼットを開けろ。鍵のありかは……」 「デスクの一番上の引き出しだ」  肩越しに、二人の声が重なった。

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