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第103話:罪と愛21

 胸のロザリオを利き手で握り、その上に逆の手も添える。  十字を飾る凹凸が、手のひらの柔らかな部分に食い込んだ。 (神よ、お守りください!)  親指に額をつける。  それから息をついても、神聖なものが体内に流れ込んでくる気配はなかった。  かつてのように、神の愛を無心に信じることができない。ユァンは心のどこかで神の存在を疑っている。  天上の人より地上の人を選んでしまった、後ろめたさのせいだ。 「ユァン、行くぞ」  礼拝堂の入り口で祈っていたユァンに、バルトロメオが声をかけてきた。 「大丈夫だ、俺がいる」 「うん……」  見上げた視線の先にある、その笑顔がまぶしかった。  地上の人は、天の神さまみたいに頼もしい。  * 「オーケー、誰もいない」  掃除用具を手に修道院長の執務室を覗いたルカが、ユァンとバルトロメオに手招きした。  三人は足音を立てずに中に入る。  白いレースカーテンの隙間からは、歌うような春の日差しが差し込んでいた。何者かにすべてを見透かされているようで不安になる。けれども前へ進まなければならない。  シプリアーノ司教の私室はこの執務室の中を通り、奥の階段を上ったところにある。静かに、けれども素早く。三人は奥へ進んだ。  階段の下でルカが足を止める。 「俺はここで掃除をしながら見張りをする。人が来たら声をたてる。分かったな」 「分かった」  ユァンは手足の感覚がないほど緊張しながら、階段を上った。  勾配のきつい階段を上りきると、そこには木製のドアがある。下の執務室と違って窓のないこの空間は、晴れた日の昼間でも薄暗かった。  ユァンは足を止め、背の高いそのドアを見上げる。息を詰め、ほとんど無意識に十字を切ってからドアノブに手をかけた。幸い鍵はかかっていなかった。  バルトロメオに目で促され、ユァンは思い切ってドアを押す。  数日前、雨の日に来た時と同じ、部屋の景色が広がっていた。  よく整頓された部屋に、特に乱れたところは見当たらない。ベッドにもデスクにも最低限の物しか乗っていなかった。  板張りの床を踏み、ユァンは部屋の中央まで歩いていく。 「さっき話したクロゼットはあれ。それであそこの南京錠の鍵は……」  声を出していると少しは緊張がほぐれる。ユァンはバルトロメオに説明しながらデスクの引き出しを引いた。 「開いた!」 「不用心だな」  バルトロメオがつぶやく。 「でも、鍵は……」  それらしきものが視界に入って来ず、ユァンはあせりを覚える。小さなトレイに小分けされた、ペンにクリップに……。 「司教さまがここから鍵を出すのを、僕も昔、見た気がするんだ。しまう場所を変えちゃった?」  だとしたら大捜索になってしまう。部屋の主が遠くへ出かけたなら、探す時間がありはするが……いや、彼が持って出たなら今日はもう無理だ。ユァンがそんな考えに青くなっていると……。 「多分ここだ」  横で観察していたバルトロメオが、一番手前のトレイを取り上げた。 「あっ!」  トレイの下に、古い小さな鍵がある。 「十年置き場所を変えなかったなら、今さら変えないよな」  ユァンはバルトロメオの冷静さに驚き、あせっていた自分に気づかされた。 (落ち着かなきゃ……)  胸の鼓動を落ち着かせ、小さな鍵を手に取る。それからバルトロメオの顔を見て、部屋の隅にあるクロゼットへ向かった。彼がいなければ、ユァンはすでに緊張と混乱で逃げ出していたに違いない。  クロゼットの取っ手にぶら下がっている南京錠に手を触れる。塗装の下が錆び、手触りはザラザラしていた。南京錠に連なるチェーンも茶色く変色している。ここが開けられるのを拒むかのように。胸がざわついた。  開けてしまって大丈夫なんだろうか。ここまで来てそんな考えが頭をよぎった。 「おい、どうだ?」  階下からルカの声が聞こえてくる。 「鍵はあった、これから開ける」  ユァンの代わりにバルトロメオが返事した。  二人を巻き込んでしまった以上、ここで探索を放棄するわけにはいかない。ユァンはそんな思いで小さな鍵穴に鍵を差し込んだ。

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