104 / 116

第104話:罪と愛22

 カチッという軽い音とともに、南京錠は呆気なく開く。クロゼットの取っ手からチェーンを抜き取り、まとめて床に置いた。  ユァンはもう一度バルトロメオの顔を見る。  彼が頷いてみせるので、そのままクロゼットの戸を引いた。  古い紙の香りがすぐに鼻に届く。中は数枚の板で横に区切られていて、手製の本棚のようになっていた。そこに書類の束がぎっしりと詰め込まれている。 「上に立つ者とはいえ、修道院暮らしにそんなに服は要らないからな。着るものをしまうより、ここを書棚に使う方が合理的か」  バルトロメオが感心したように言った。そういえば着るものは、畳まれてベッドの下のかごに収納されている。それで事足りるということだ。 「じゃあここに鍵をかけてたのは……」  ユァンのつぶやきに、バルトロメオが答える。 「セキュリティ的な都合だろうな」  確かに書棚には、会計資料のようなものも並べられていた。 「で、日記か」 「うん」  手を動かし始めると、バルトロメオの方が早かった。 「これだ!」  棚をさっと見渡し、すぐに目的のものをつかみだす。しかもその手には、いつの間にか白い手袋がはめられていた。 (泥棒か何かみたい)  素早く床にひざを突き古い日記帳を捲る彼を見て、ユァンは他人事のように思う。  それより過去の自分たちのことだ。バルトロメオが開く日記帳の中身に目を向けると、見覚えのある文字が日付とともにその日の出来事を記していた。  たくさん書き込まれている日もあれば、そうでない日もある。時刻と来客の名前、または行事の名称などを箇条書きにしただけのところが多いようだ。雨の日にはその記述があるが、晴れや曇りについては見当たらない。几帳面だが合理主義、そんな司教の人柄が垣間見える。 「ああ、ここ」  バルトロメオがページを捲る手を止めた。 「〝孤児についての相談あり。十歳、男児。言語の発達に遅れ。集団での養育に不安あり〟……これ、ユァンのことか」 「多分……」  ユァンは無口だったその頃の自分を振り返る。しかし〝言語の発達に遅れ〟は自覚していなかった。だから今さらながらにショックを受ける。  そんなユァンの横で、バルトロメオがまたページを捲っていく。 「〝再度相談があり、男児を受け入れることにした〟……さっきの日付から半月後だな。〝手続きを進める〟か」  司教の日記には事実だけが淡々と書かれていた。その子供について、どんな印象を抱いたのかは分からない。逆に、心に残るようなことはなかったのかもしれない。  それから日付に沿って、いくつか受け入れ準備についての記載があり〝養護院のベッドに空きが出るまで、私の部屋に置くことになった〟とあった。〝贅沢なベッドだからちょうどいい〟とも付け加えられている。修道院長になったばかりの彼は、この広い部屋と大きなベッドを贅沢なものだと思っていたらしい。  それから翌週には、ユァンの起床時間、寝かせた時間、何を食べ、何を食べなかったなどの情報が記されるようになる。おそらく洗礼を受けたのはもっとあとだが、彼は受け入れと同時にユァンという名前をつけたのだろう。 〝この子にどうか、神の祝福がありますように〟……そう書かれていたのは、受け入れから一週間後のことだった。司教がどんな思いでそれをここに記したのか。ユァンはそっと思いを馳せる。 「僕はあの人に愛されていたんだろうか……」  そのつぶやきにバルトロメオは答えず、大きな手でユァンの髪をぽんぽんと撫でるだけだった。  ところが……。  数日後の日記から〝ユァンと修道士たちとの間にトラブルあり〟〝また同じような問題があり〟と書かれ始める。 「これ、どういう問題だ?」  バルトロメオが眉間にしわを寄せてつぶやくが、先を見ても具体的な内容は分からなかった。 「気になるな……」

ともだちにシェアしよう!