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第105話:罪と愛23
当然、ユァンの胸にも暗雲が立ちこめる。
トラブルに関係するのかどうか分からないか〝生育環境の問題が大きいと思われる〟との記載があり。それを最後に司教は日記にユァンのことを書かなくなった。ただ日々の業務スケジュールのみの記述が淡々と続いていく。
バルトロメオが日記帳を翌年のものに持ち替え、しばらく捲 って手を止めた。
「この辺はもうユァンが養護院に移ったあとだな」
「そうだね、多分……」
日付は四月。十五歳になった子供たちが養護院を卒業したあと、必然的にベッドの空きができ、ユァンはそちらに移されたはずだ。
「でもなんでそのこと、司教さまは日記に書かなかったんだろう……」
疑問を口にしてから、ユァンはペティエ神父のあの言葉を思い出してしまった。
――確かに、この聖クリスピアヌスで天使への陵辱は行われていた。けれどそれは過去のことだ。なぜなら司教が、ユァンに飽きてしまったからだ。
「僕に、飽きたから?」
「え……?」
バルトロメオは聞き返し、それから小さく息を呑む。
「いや、それはないだろう! ないと言い切れる材料もないというのが歯がゆいが……」
それから彼は二冊の日記帳を元の場所に戻し、さっと書棚の状態を確かめた。
「埃が積もっていた跡もないし、中のものを出したことはバレないだろう」
「あとはどうするの?」
「そうだな、他に見るべきものは……」
一通り書類の背表紙に目を配り、彼はクロゼットから数歩分後ろに下がる。
「特になさそうだから写真だけ撮って帰ろう」
携帯端末をポケットから出し、そこから書棚に向けた。写真を撮るのはあとで何かあったら、この書棚にどんなものがあったかを確認するためだろう。
バルトロメオが一、二度画面を触り、撮影は一瞬で終わった。
「最後にクロゼットと鍵を、元の状態に戻すだけだ」
「うん……」
ユァンはなんだか拍子抜けしていた。それはそうだ。過去の自分をほんの少し垣間見ることはできたけれど、劇的に記憶が戻るようなことはなかったからだ。ここへはそれを期待して来たのに。
(結局僕はここまでして、バルトロメオの役に立てていない……)
それからヒエロニムスの撮った動画のことを思い、ユァンは暗澹 とした気持ちになった。
過去の記憶を取り戻し、バルトロメオの捜査を早々に終わらせるということができなかった今、自分はどうすればいいのか。ヒエロニムスの手に落ちるのは嫌だ。バルトロメオに動画のことを打ち明けるのも気が重い。打ち明けなければいけないんだろうが。
動揺しながら見つめていると、携帯端末を見ていた彼がふいにこっちを向いた。
「……ユァン、大丈夫か?」
「えっ……」
顔を覗き込まれ、ユァンはドキリとしてしまう。
と、その拍子に、後ろの書棚に腕が当たってしまった。
(まずい!)
そう思った瞬間、書棚の上の隙間から何かが転がり落ちる。
タオルに包まれていたそれが床の上を跳ね、むき出しの状態でユァンの足先に当たった。
「……これ……」
どこかで見たような、長い木製の筒。いや、この形が表すものは……。
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