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第107話:罪と愛25

 修道院での生活は単調で、日に一度の礼拝と六度の祈り、それに食事の時間以外はあまりやることがない。司教は本を読めと言ったけれど、本を読むのには途方もない根気と集中力が必要だった。ユァンはそれに慣れていなかったから。  それでたびたび部屋を抜けだし、周りの森やいくつもある作業小屋に足を運んだ。  そんな中、ユァンが目を閉じている間に大人たちがする行為は変質していき、ユァンもそれに慣らされていった。  そしてついに粉ひき小屋で裸になっているところを司教に見つかった。 「お前には罰を与える必要がある」  そう言ってユァンをベッドに引き倒した時、司教の声は震えていた。それでようやくユァンは、自分を愛してくれている人を傷つけたんだと理解した――。  * 「あの人に夜な夜な責められるようになってからは、誰も僕を暗がりに誘わなくなった。それどころか、ほとんどの人が目を合わそうとすらしなくなったよ。僕の手首のあざや、夜にたてる声の意味を知っていたんだと思う。でも、それも誤解だった」 「誤解……?」  昔を語るユァンに、バルトロメオが聞き返した。 「うん。司教さまはけっして僕を抱かなかった。だからその代わりにこれがある」  ユァンは立ち尽くす彼の元へ歩いていき、握られたままだった張形をその手から抜き取る。 「あの人は禁欲の誓いを破るつもりはなかったから、いけないことを覚えてしまった僕の体を持て余してこれを」  バルトロメオが青い顔で、張形を持っていた自分の手のひらを見下ろした。 「でもこんな……子供には無理だろ……どう考えても暴力だ!」 「分からない……。初めは怖くて僕も泣いたけど、あの人に構ってほしくて自分からねだったこともあったと思う。いま考えると子供にこれを使うあの人の方が、精神的に限界だったと思う。たくさん神に祈ってた。僕も、僕に触れたことを後悔する、あの人を見るのはつらかった」  ユァンは苦い思いで張形のくびれに指を這わせる。 「ともかくこれのおかげで、聖クリスピアヌスは平和になったよ。祈りと安らぎの修道院、それが達成された。ううん、戻ってきたんだと思う。司教さまがここの敷地に子供を入れなくなって、それは完璧になった。十二年目の今年、ほころびが出てしまったけれど……」  ユァンは張形を抱いたまま窓のところへ行き、外に見える穏やかな景色をそっと眺めた。 「アンタが心で泣いてたら、そんなのは平和でもなんでもないだろう!」  後ろでバルトロメオが声を荒げる。 「精神的苦痛も肉体的苦痛も、子供に味わわせるのは犯罪だ!」 「そうだね……、僕もそう思う」 「じゃあなんでまだそんな幻想にしがみついてる! 祈りと安らぎの修道院、最果ての楽園? そんなものはここにはない! 初めからなかったんだ! だからアンタはもっと怒れよ、自分が悪かったみたいな顔をするな!」 「……っ、そんなこと言われたって」  ユァンは発作的に窓ガラスに額をぶつける。 「僕はずっと信じてたんだ! 今さら全部嘘だったなんて言われても、どうしていいのか分からない!」  まだぶつける。ガラスは冷たく、額は熱くてじんじんと痺れた。痛みと温度に、これが現実なんだと思い知らされる。 「ユァン!」  バルトロメオが来て、ユァンと窓ガラスの間に腕を割り込ませた。 「いいか! アンタは何も失ってない。俺がアンタを愛している! 今は何も信じられなくても、これだけは信じてほしい」 (え……?)  頭上から温かな雫が降ってきて、ユァンは恋人が泣いていることに気づいた。 「なんで……バルトが泣くの……」  彼の腕の中で体をひねり、泣き顔を見上げる。眉間にしわが寄り、黒いまつげは濡れているものの、唇は震えながら微笑んでいた。奥歯を噛みしめているのが分かる。 「アンタの全部が愛おしい。それなのに俺の仕事はアンタを傷つけるばかりだ。今すぐさらって誰も知らない土地へ行きたい。その衝動をこらえてる……」  涙声の告白に、胸が震えた。  ユァンは背伸びをし、バルトロメオの頬にキスをする。右の頬、左の頬、それから肩につかまって、濡れている目元へも……。  するとバルトロメオの方から、ユァンの唇をおもむろにとらえてきた。 「んっ、ユァン……」  思いを伝えるための優しい口づけが、情熱をぶつけるような激しいものに変わっていく。厚みのある舌が、ユァンの上顎を慈しむようにねっとりと撫でた。  彼より若いユァンはその感触に性感を刺激されてしまって困る。 「……っ、待って、今は……」  バルトロメオの胸を押し、二人の唇の間に隙間を作った。  階下にはルカがいて、掃除をしながら見張りをしてくれているはずだ。さっきまでモップを使う音が聞こえていたが……。 (あれ……?)  ユァンは違う空気を感じ、ハッと身を固くする。バルトロメオがユァンより先に戸口を振り返った。

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