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第108話:罪と愛26
人の姿が目に映り、ユァンは思わず息を呑む。
「もういいのか? 感動の口づけは」
シプリアーノ司教が、戸口を塞ぐようにして立っていた。
「アンタ……!」
その姿を見て、バルトロメオが憤りを露わにする。ユァンは呆然としつつも疑問を口にする。
「どうして司教さまが……」
「書類を取りに戻ったら、下でルカが妙な動きをしていてな」
「ルカは……」
「仕事を言いつけて外へ行かせた」
見張りのルカより、司教の方が一枚上手だったようだ。
司教は開けっ放しのクロゼットに目をやり、二人のいる窓辺に近づいてくる。彼の視線はバルトロメオに向いていた。
「修道院内を嗅ぎ回るばかりか、こんな場所まで開けに来るとは。さすがに勝手が過ぎるだろう」
バルトロメオが言い返す。
「俺には捜査権限がある。そしてアンタは、法王庁で裁きを受けることになる」
「ユァンの証言を元にか?」
司教があざけるような笑みを浮かべた。
「ユァンはもともと花街で生まれ育った子供だ。ここへ来た時にはすでに、男をたぶらかすことを覚えていた。いろいろと認知に歪みがある。そういう者の話を真に受けるなど馬鹿馬鹿しい」
「そんなの嘘だ!」
ユァンはバルトロメオのそでを強く握る。
「嘘なものか」
司教がユァンを見据えた。
「お前が花街の子供だったことは事実だ」
「あなたが、僕を教会の子供にした」
「その通りだ」
「ならどうして、ちゃんと愛してくださらなかったのですか!」
ユァンの目に、悲しいのか悔しいのか分からない、やり切れない涙が浮かんだ。
涙目で睨まれて、司教の顔にも動揺の色が広がる。
「いったいどうすればよかったんだ。私は私なりに、お前を愛してきたつもりだ」
「だとしても、僕が望んでいたのはこんなものじゃない!」
手に持っていた張形を、ユァンは力いっぱい司教の足下へ投げつける。
「どうして自分があんな扱いを受けたのか、あの頃の僕には分からなかった。けど、いま話を聞いていてようやく分かった! あなたがちゃんと僕の話を聞いて、向き合おうとしてくれなかったのは、僕をただの身寄りのない、卑しい生まれの子供だと思って軽んじていたからだ!」
投げつけた張形は一度跳ねたあところころと転がり、部屋の隅に力なく横たわった。
「僕は絶対にこの悔しさを忘れない。養護院にいる身寄りのない子供たちが、同じ思いをしなくて済むように……」
激情から始まったユァンの言葉が、胸の震えのせいで途切れ途切れになる。
「毎日、毎日、僕はあの子たちの幸せを……神さまに、祈る……。だから、あなたも忘れないで……僕をまだ、ほんの少しでも、愛しいと思ってくださるなら……」
そんなユァンの祈りに、司教は何も答えなかった。彼は何度か戸惑うようにまばたきをして、ユァンの投げ捨てた張形を拾いに行く。
その背中が言った。
「ユァン、お前には神がいる、私はそう教えたのに……。お前は欲深いな」
(欲深い? 修道士が愛を求めることは、やっぱり欲深いことなんだろうか……)
動揺するユァンのそばで、バルトロメオがつぶやく。
「いや、子供はみんな愛されるべきだ」
その声はユァンには、神さまの声に聞こえた。
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