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第111話:罪と愛29
墓碑に刻まれた名前を撫でながら、バルトロメオが話しだす。
「あの時はあえて言うべきだとも思わなくて、説明しなかったんだが……。こいつは結構野心の強いやつでさ。学生時代にそこそこ有名人だった俺と付き合って、でも教会本部への推薦が決まったらあっさり俺をフッてきたんだ」
「ええっ?」
バルトロメオが誰かにフられるなんてことは、ユァンには信じがたいことだった。でも現実なんだろう。彼が続ける。
「三つ年下だった。付き合ってたのは二年半くらいか……。で、次の相手は俺よりずっとエラい人、その次はもっと。まあみんな教会関係者だな。そこでいろいろあったらしい。俺も相談に乗ったりはしていたが……」
バルトロメオの瞳に、悲しみの色が浮かんだ。
「恋をすると、自分を犠牲にしたくなることもあるらしい」
それはこのお墓に眠る人が、やっぱり恋人のために死んだということなんだろうか……。
「けど自分が自分を大切にしてやらなきゃ、そいつを大切に思っている周りの人間が悲しむだろう。だから俺は自己犠牲の精神が嫌いだ」
自己犠牲は好きじゃない、それは出会ったその日にバルトロメオが言っていたことだった。あれは過去の恋人を想って言った言葉なんだと、ユァンは今になってようやく腑に落ちた。
「つまりバルトは、この人のことをとても大切に思っていたんだ……」
「天使みたいで悪魔みたいな、とてもキラキラしたやつだったよ」
彼の口元に、また笑みが刻まれる。
「ユァンに出会って吹っ切れたな。これでも、もう恋はしないなんて思っていたんだ」
それから彼は墓石に向かって、照れくさそうにつぶやく。
「今、これでもかっていうほど恋してるよ」
彼に恋されているらしいユァンは、静かな墓地で顔を赤くするしかなかった。
*
最後に、投書の主は誰だったのか――。
十二年前、聖クリスピアヌスにいた人間なら、皆ユァンと司教との関係を知っていたはずだ。けれどペティエ神父が言っていたように〝今さら〟という部分が分からなくて、ユァンも頭を悩ませていた。
それでその夜、バルトロメオに聞いてみた。
「捜査は進んでるみたいだけど、もう投書の主は分かってるの?」
自室のデスクで書類を作っていた彼は、そばに来たユァンを見上げ、顎の辺りをゆっくりと撫でる。
「それ、あんまりユァンに言いたくなかったんだよな」
「ん、なんで?」
意外な返しにユァンはまばたきをする。
「それは、あいつの株を上げるみたいで嫌だから」
「あいつ……?」
いろいろ考えた結果、バルトロメオと折り合いの悪かったルカの顔が頭に浮かんだ。
「あいつはユァンのことを昔から知っていて、ずっと気に病んでいたんだろうな。それで再び訪れた聖クリスピアヌスで、ユァンが夜中にうなされているところを見て耐えられなくなったらしい」
「それ、ルカが言ったの?」
「しゃべらせるのが俺の仕事だからな」
バルトロメオは困ったような笑みを浮かべる。
「あいつからは、ユァンには言うなって言われてたんだが」
「言っちゃったね……」
けれどもそうやって自分の善良な部分を隠そうとするところは、いかにもルカらしいと、ユァンは思った。
バルトロメオがデスクの上の端末を閉じ、またユァンを見る。
「ついでにもうひとつ言っておくと、あいつはユァンのことが好きみたいだぞ」
「え、それは友達としてでしょう?」
きょとんとしていると、彼は椅子に座ったまま、脚の間にユァンの体を引き寄せた。
「俺はアンタのそういうところが心配なんだ」
「心配……?」
「そうだ。ルカにはベタベタ体を触らせてただろ」
バルトロメオの唇がユァンの耳たぶに触れる。
「あれは、別に深い意味はなくて……」
「ユァンにとってそうでも、相手にとっては違うかもしれない」
「んっ、バルト……」
そこに唇を触れさせたまましゃべられると、なんだかゾクゾクしてしまう。
「アンタ、ルカにはどこまで許したんだ」
耳元でささやきながら、彼の右手がユァンの寝間着のボタンを上から順に外していった。
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