32 / 86

三、まさか、最初の仲間が魔王だとは。⑩

魔王の瞳が大きく見開かれると、目の中心に猫の目のように細い月が浮かぶ。 数秒だったのに、俺は何時間も頭を押さえつけられるような圧力に、気付けば顎まで汗が垂れている。 「好きではない。愛してもない。この魔王が、この世界最強の魔王が、なぜ勇者を好きにならないといけない」 ぶつぶつと早口で言った後、長い爪で喉を引っ掻く。 落ち着きが無い。 「勇者が死んでから、毎晩夢見るのは、あいつを犯せなかったせいだ。あいつを触手でぐちょぐちょに解した後、壊れるまで何度も何度も奥を穿つ。俺に服従するまで何度も」 ベッドの上で微かに揺れた魔王のせいで、ギシっと軋む音がして俺は一歩後ずさる。 すると嬉しそうにその長い爪の生えた手を俺に伸ばす。 「200年経ってもあいつは俺の玩具。でもグー、貴様は違う。すぐ死んでしまう人間でも、死ぬまで愛して傍に置いてやる。だから、――来い」 逆らえない。 言われるままベッドに進み、魔王の手を取る。 冷たい、凍えるような氷の手。 200年も忘れず、オカズにしちゃうなんて、その執着って。 結ばれなかったからではないのか。 「キスしろ。呪いを解いてやるぞ」 言われるがまま、薄く口を開ける。 ベッドに片足を乗せると、さらに軋み音が鳴る。 甘い香りが漂ってきて、お香が窓辺に置かれているのが見えた。 「……俺は勇者の代わりかあ」 ギリギリ、唇が触れるか触れないかで、ぽろりと本音が零れてしまった。 「女性たちの心や体の寂しい部分を埋めて、生きてきた。から、別に魔王の寂しい心を埋めてやらないこともないけどさあ……」 「グー?」 「このままじゃ、また200年ぐらい満たされないんじゃない? 触手や指輪の呪いで俺を従えても、きっとあんたは満たされない」 今まで上は99歳、下は18歳の女の子たちの満たされない部分を見つけてきた俺が、魔王の隙間を突く。 小さな隙間でもいい。俺が入りやすい大きさまで広げてもいいしね。 「心から愛す相手と結ばれないと、あんた、きっとこの先満たされないよ」 それは俺じゃない。俺じゃないから俺を今すぐ解放するんだ。 テクニシャンの名は伊達じゃない。 無い頭フルスルットルでこの場を逃げようと、足掻く。 「そんな悩めるあなたは、今すぐ俺を解放し愛するはずだった勇者の代わりのリーの元へ行き、本物の愛を知るのです。さあ、俺の指輪の呪いを解いて、満たされる愛を探しなさい。それは絶対に俺じゃないのですよ」 気分は、懺悔を聞く美しい神父。 魔王の罪の解放と見せかけて自分の自由を手に入れてみせる。 「……いや、いい」 魔王は少し考えてから、首をふった。 「いやいやいや、いいっってだめです。さあ、はやく」 「俺は満たされたい。……その相手は勇者じゃ駄目じゃないのか」 「勇者しかいません!」 ノーライフ! ノー勇者! 「俺に意見した生き物は、お前が初めてだよ」 嘘だ。絶対勇者だっていっぱい意見したはずだ。どうせパンツ欲しいとか思ってて聞いてなかっただけだ。 「俺は益々お前に興味を持った。これが愛か恋かはまだわからない。分からないから――」 美形な王子の顔が近づくと、ぺろりと俺の唇を舐めた。 ねっとりと蛇が這うような感触なのに、足や腰がしなりそうなほど甘い電流が走る。 「分からないから、やはりお前を良く知ろう」

ともだちにシェアしよう!