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第162話

春side 車の中ではずっと無言。 誰も喋ろうとしない。 ナビの声だけが唯一聞こえる。 郁の家に着くと、さらにきつく俺の手を握った。 そして儚く微笑んだ。 「…大丈夫」 少し掠れた声で呟いた。 陽太さんが玄関を開け、どうぞ、と中へ促してくれる。 「ありがとうございます。」 リビングに入れば、了さんがテレビを見ていた。 「郁、春くん、おかえり。」 「ただいま、お父さん」 俺はなんと返していいかわからず、軽く頭を下げた。 テーブルを囲むように座ると、陽太さんがお茶を出してくれた。 「すみません。ありがとうございます」 「いいのいいの」 しーんと沈黙を破るのは了さんだった。 「郁。言ってごらんよ?自分のペースでいいから。」 「…うん。……あのね、、いろいろ、思い出して、、」 了さんも陽太さんも驚くこともなく、ただ頷いた。 「えっと、、」 机の下で郁の手をぎゅっと手を握れば、俯いていた顔を上げた。 「…ありがとうっ!」 郁からのその言葉に陽太さんの目から一粒の大きな涙が流れた。 了さんが立ち上がって棚からタオルを取り出し、陽太さんに差し出した。 「ごめん、ありがと……」 「…俺は、ずっと言ってますけど、これからも郁を支え続けます。」 「春くん。改めて、よろしく頼む」 「春。郁のことよろしくね」 「はい!」 郁も陽太さんにつられ、ポロポロと涙を零していた。

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