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第169話
郁side
補習も明日で終わりを告げる。
ということは春休みの終わりもすぐという事だ。
その前にやっておかなければならないことがあった。
学校を終えて、家に戻り制服から私服へ着替えてからとある場所へ向かった。
「産婦人科」
寮と実家の中間くらいの場所にあるこの病院は、中くらいの規模で内科もあるため、あの時にもお世話になっていた。
ここへ来ると思い出してしまう恐怖や不安。
幾分か落ち着いたものの、ここにはいい思い出はない。
だが、ついにこの日が来てしまった。
以前はこの科に来るのは、子供を産むまでとそれ以降の体調管理のためだと思っていた。
しかし、ここにはそれ以外の人も多いのだとつい最近知った。
ここ半年間、生理が来るのが恐怖だった。
あの日が原因であること、ストレスによるものだと、明らかだった。
生理が止まることが続いた時点で、本当はもっと早くに婦人科へ行くべきだったのだろう。
でも、行けなかった。
人に見られること、触れられることが怖かった。
やっと決心して、春と共にここへ来た。
精神的な不安要素である重たい生理。
少しでも楽になるなら、そんな気持ちだった。
「冬城さん、冬城郁さーん....診察室へどうぞ」
予約していたこともあり、待合で長く待つことなく呼ばれる。
一瞬こわばる背中に春が手をまわす。
「いこう、一緒にいるから」
その一声にこくりと頷く。
診察室へ入ると、優しそうな雰囲気でタレ目をした白髪混じりの先生がいた。
「こんにちは、私は中川といいます。冬城さんのことは、内科の笠原から聞いているよ。それと、パートナーさんだね?」
「こんにちは、室井です。」
春が軽く頭を下げると、先生は座るよう促してくれた。
「今は体調が安定してきたところかな。」
手元から目線をこちらに向けられ、何故かあたふたしてしまい、春が「そうです」と返事をしてくれた。
「そうか。慣れるまで私と話すのは怖いかもしれないが、無理に話さなくてもいいからね。頷くだけでも構わない」
僕が声を出したくても上手く出せないことを察してくれたのかは分からないが、それだけで少しほっとした。
「さてと、本題だけど。生理はもともと重たい?」
もともとということは、あのことがある前からという意味だろうと思い、頷く。
「レバーみたいな塊が出たり?」
これにも頷く。
「貧血とか立ちくらみはどう?」
たまに立っていられてないくらい立ちくらみに襲われる。貧血かと言われれば、そうではない気がする。
「立ち上がった瞬間ふらついたり立っていられないことはあります」
どう答えるべきか悩んでいると春が助け舟を出してくれた。
「ふらつき。ごめんね、ちょっと目を見せて。触るよ?」
瞼の裏を見て「貧血ではなさそう」という言葉に少しだけ安心した。
「急に動き出すから頭に血が行かなくてふらついたりしている可能性があるから、起き上がる時や立ち上がる時は、少し意識してゆっくり行動してみてね」
「....わ、かりました」
「えーと、前回からの周期的にもう少しで生理きそうだね。1回ちゃんと見ておいたほうがいいかもしれないね。....超音波検査。中を触ることになるけど、無理そうなら.....」
触ると言う一言にビクッと反応してしまい、思わず隣の春に目線をうつす。
「怖いならまた今度来たらいいし。先生、検査の間は隣にいてもいいんでしょうか?」
「可能だよ。普段なら仕切りをしているけど、不安だろうから、仕切りなしでもいい。」
「.....やりますっ」
「うん、それなら隣の部屋に移動しようか」
その部屋には不思議な椅子がひとつ置かれていた。
「緊張しなくても大丈夫。ズボンと下着を脱いでここのイスに座ってね。衣類はその棚に置いていいから」
「...はい」
覚悟を決めて一気に脱ぎ、恐る恐るイスに座る。
「イス、動くからね。室井さんは少し離れてて。」
先生の持つリモコンにより、背もたれが後ろに倒れ、足部分がだんだんと開いていく。
悲鳴に近い、声にならない声が漏れそうになり、口元を抑える。
「大丈夫?」
先生が一旦動きを止めてくれた。
「.....は、い」
「あと少しだけ開くからね。....少し辛いかもしれないけど見ていくね。そばに寄っても大丈夫だよ。」
先生に促され、春が近くに来てくれたことにすごく安心感がある。
「少し濡らすよ」
暖かいお湯がかけられ内心ドキドキしながら、春の手を掴む。
「触っていくね」
カチャカチャと金属のぶつかる音、恐怖のあまり目を強くつぶる。
「郁、大丈夫だよ」
春からのそんな声掛けがなかったら耐えれなかった。
「うん、キレイな形だし問題ないね。もう少しで終わるからね。最後に洗浄だけしておくよ」
ほんの5分ほどだったはず。
どっと疲れてしまった。
もとの診察室へ戻り、今後どうするか決めていく。
「生理が来る度しんどいだろうからね。薬、飲んでみる?症状が無くなる訳では無いけど、多少は楽になるんじゃないかな。周期も安定する。ただし、次の生理が来てから毎日続けないといけないよ。人によっては薬によって副作用が出るかもしれない。.......どうする?」
怖い。
でも。
しんどくて、辛くて、みんなに迷惑かけちゃうくらいなら.......。
「.......飲みます」
「わかった。1番緩いやつ出しておくから。生理が来た日から飲んでね。飲み忘れたら気づいた時に飲むこと。不正出血とかが初めはあるかもしれないが、不安にならなくて大丈夫だよ。何かあればいつでも連絡してきていいからね」
「わかりました」
診察室から出て、会計を済まし薬を受け取る。
それをぎゅっと胸の中に抱きしめる。
「郁、おつかれさま。帰ろう」
肩を抱かれ、春の胸で深呼吸する。
「.......かえろ」
肩から腰へうつり、手を繋がれる。
春に引かれるまま、寮への道を歩く。
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