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第172話
郁side
2人が見えなくなると久瀬くんはまるで犬の耳が垂れているのが見えるように落ち込んだ。
「・・・大丈夫?」
声をかけるが、俯いてブツブツと独り言をつぶやいている。
「あ、えっと、、あの!!」
そんな僕に気づいたのか、勢いそのままに慌てて話そうとしてうまく言葉が出てこない様子だった。
「ま、まずは、落ち着いて?まず深呼吸でもしよう?」
郁の言葉に従い、吸って吐いてを数回繰り返す。
「あ、の、ご、ごめんなさい」
落ち着きを取り戻したと思ったら、パッと顔を上げて謝ってきた。
その顔をに見覚えがあり、頭に浮かんできた名前を告げる。
「あ!!和叶ちゃん??」
突然名前を呼ばれたことに驚いたのか焦って目が泳いでいる。
「えっと、はい」
和叶はこちらの顔をはっきり見ていないため、誰かわかってないみたいだった。
「覚えてないかー。3年の寮で会った冬城郁だよ」
そこで自分から名乗れば、先ほどの焦りはや怒りはどこへ?というほどぱあっと顔色が明るくなった。
「郁先輩でしたか!本当にごめんなさい」
勢いよく頭を下げられ、こちらが焦ってしまう。
「い、いいか!頭をあげて」
「相手にムキになってしまってて、先輩って気づかないし失礼なことを・・・」
「大丈夫だよ。春もなんとも思ってないと思うし。」
「ほんとですか!?」
「う、うん。だから、何があったかだけでも話してくれる?」
「はい」
「一旦ここから動こうか。なんか、変に目立っちゃったから。」
本心をいえば、春が近くちいないことで少し不安で、コソコソと何かしら噂されているであろう嫌な視線が飛び交うのですぐにでも逃げ出したい。
「あ、ごめんなさい!」
休憩時に解放されている空き教室へ案内する。
「こんなとこあったんですね」
「ここは休憩中に何かなければ使用していいようになってるから」
「へぇー」
窓際の席へ向かい腰をかけると、和叶も僕の正面に座った。
「ところで、あの子は?」
春が引っ張って言った子のことは知らないのでとりあえずそこから始めてみる。
「同じクラスで、、寮も同室の伊吹織、です。」
いぶき しきくん。どんな字を書くんだろう。
「それでその、しきくん?とはなんでけんかしてたの?」
「えっと、、僕と織は幼馴染で、一応・・・まだ彼氏です」
一応?まだ?ってことはケンカした原因が関係してるのかな。
「あ、え?そうだったんだ。でもなんで僕を彼氏って言ったの?」
その問いかけに一気に顔色が曇っていき、今にも泣きそうだ。
「・・・あの、巻き込んでごめんなさい。」
席を立ち上がり立ち去ろうとする後ろ姿はまだ彼を好きだと物語っている。このまま行かせてしまってはダメだと、とっさに立ち上がり和叶の手首を掴む。
「待って!・・・えっと、上手く言えないんだけど。このままじゃダメだと思うよ?僕じゃ不満かもしれないけど、何か力になりたい。」
その一言で和叶は泣き出してしまった。
「大丈夫、落ち着いて」
いつも春が僕にしてくれるように。
抱きしめて背中をさする。
そしてゆっくりと椅子に座らせた。
「っ・・・ごめ、なさい・・・」
「ゆっくりでいいよ。話せそうになるまで、そのままでもいいから」
ひとつ頷くと1度大きく息を吸って吐き出した。
「だいじょうぶです。」
「うん。」
「織とはずっと居たので、隣に、いることが当たり前になってました。」
泣いている時の震えた声のままゆっくり話し始めた。
「高校に、入る前。これからもこの関係が続いていくといいなって、、思ってました。でも。織の家は大きくて、ちゃんとしたお家だから、僕なんかじゃなくて、、もっとふさわしい人がいるって、思ったら・・・ぼくは、ぼ、くは・・・」
「そっかー。親は付き合ってること知ってるの?」
横に首を振ることで答え、口元は唇を噛んで泣くのを耐えているよう。
「幼馴染で顔を知ってる同士だからこそ、カミングアウトしてみたらどう?」
「こんな僕とのことなんて」
「こんな僕って言い方しないの。僕もねそれ言ったらいつも春に怒られるの。僕ね、いろいろあってちゃんと学校通えるようになったの、ホント最近なんだ。だから、こんな僕の隣にいて恥ずかしい思いさせたくないなーとか、僕なんか何もできないお荷物でしかないなーってずっと思ってて。今でもまだこの気持ちはあるけど、それでも春は全部ひっくるめて僕だから好きなんだよって。だからね、話してみない?今考えてることとか、これからのこと。」
「学校、、これなかった、んですか?」
「どれくらいかな?結構長い間ちゃんと毎日来てなかったよ」
まだ恐怖もあるから詳しいことは口にはしないが、部分的なところならば多少笑いながら話せるようになってて自分の中で驚いている。
「話さないと何も伝わらないし、相手の考えてることもわからない。ちゃんと話せる相手がすぐそばに居るんだから。ね?」
「ありがとうございます!」
「うん、話くらいいつでも聞くから。」
「そうだ!!先輩!連絡先教えてください!!」
「そういえば交換してなかったね。いいよ!返信遅いかもだけど」
「やったっ!」
僕の言葉で笑顔にできたことにほっとする。
正直春がそばにいないこと、そして相手の気持ちを理解して安心させてあげれるのか、すごく不安だった。
けど、ほんとによかった。
少しでも誰かの力になれるなら。
僕は生きていける。
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