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第42話
真羽side
寮の部屋で俊と並んで勉強をしていた時、互いのケータイがピコンと通知を告げた。
「春か?」
「うん、そうみたい。今寮に帰って来たって。…あとこっち来ていいかって聞いてるけどいいよね?」
「あぁ、別に構わない。郁のことも気になるし。」
「だよね!うん。」
今度は俊のだけが通知を告げる。
広げていた教科書やノートを閉じてまとめて床に置く。するといいタイミングで春が「おじゃましまーす」と入って来た。
「春、おかえり」
「おかえりなさーい!!」
「…ただいま?」
「なんで疑問形にしたの!」
「うーん、なんとなく。」
「まぁいいから、座れば?」
「あ、うん。」
テーブルを囲んで座る。
「……電話でも言ったと思うけど、今現在の郁の記憶は中1の時まで遡ってる。」
「…戻るんだよね?」
「あぁ。生活していく中でだんだんと記憶は戻っていくだろうって。」
「春、なんでそんな不安そうな顔してるんだ?他にも何かあるんじゃないか?」
一瞬驚いた顔をした春は「バレたかぁ」とボソッとつぶやいて少し黙った。
「………6時半?ぐらいにまたパニック起こしたんだ。過呼吸っていうのかな。吸っても吐いてもうまく呼吸ができなくて…まるで陸上で溺れているんじゃないかってくらい呼吸が荒くて………」
春は俯いて手に力を入れていた。
かすかに震える春の手を見て、郁のそんな姿を間近で自分が見たとしたら、こっちがパニックになりそうだと思った。
「……怖かった。苦しむ郁を見るのが辛かった。奏芽が悪いってわかってる。けど…元をたどれば、俺が悪かったんじゃないかって思えてきて…そう思った瞬間にさ、郁に苦しめるようなことをしてるのは過去の自分なんじゃないかなって……」
こんなにも弱気な春を見たことは一度もない。
春はいつも強気な口調で、しっかり者で、どんな時も郁や僕を支えてくれてた。
そんな姿に何をどういう風に声をかけていいかわからなかった。
「春。郁がそう思ってると思うか?」
春は相槌も打たず無言のままだった。
「春、答えろ。」
「…わかんねぇよ。」
「郁はそんなこと思ったりしない。いつもの強気はどうした?確かに俺だってこれが真羽のことだったらって思うと、考えたくもないし怖いし、どうしていいかわからなくなるのだって当然だと思う。けどな、自分は攻めない。……今は自分を責めてる時じゃない。今1番辛いのは郁だ。だから俺たちが凹んでる場合じゃない。もし仮に郁がそう思ってたとしたら、記憶が戻った時に態度に示すだろうし、言葉で言ってくるだろう。でも、よく考えてみろ?お前は何もしてないんだろ?春。従うとか従わないとか、それは誰が決めることだ?春はただ単に郁を守っただけだろ?他には何もしてない。たかが中学生のじゃれ合いがここまでのことを引き起こすなんて誰が考えるんだ?…誰もそんなの思わない。勝手に自分がこの国のリーダーにでもなったかのように偉そうにしていたのはあいつらだろう?あいつらが悪いんだろ?なんで俺たちが落ち込む必要があるんだ?…そうはおもわないか?春。」
俊の言葉に、中学の時に郁に起こったことを話しておいて正解だったと思った。
その話をしている中で、俊も奏芽たちが悪いことをしているを知っていた。
というか、知らない者はほとんどいないだろう。あいつらはそれほどのことをして来たんだ。
春は体の力を抜いて聞こえるか聞こえないかの声量で「…ごめん」といった。
「謝ることじゃない。」
「春…今みたいに自分を責めないで。春は時々自分を責めて溜め込むから…それ、春の悪いとこだよ。」
「あぁ。ごめん。」
「次からはそうなる前に相談してね?春が元気ないと郁が辛くなるよ?それに僕たちも2人が心配。」
「…気をつけるよ。」
「うん、そうしてほしい。」
春は少しだけ顔を上げた。先ほどの怖い顔よりはマシな顔になっていた。
「退院はいつなの?」
「明日、検査して何もなければ退院。」
「そうか、よかったな。」
「あぁ。」
「郁といっぱい話さなきゃね。」
「ほどほどにな?」
俊に注意された。
「はーい!」
「…春、大丈夫か?」
「…もう大丈夫。聞いてくれてありがと。…あと教えてくれてありがと。」
「それくらい…」
「…じゃあ、俺は部屋戻るよ。ありがとな」
「うん、おやすみ!」
「おやすみ」
春はこの部屋に入って来た時よりは顔を上げて帰っていった。
「明日次第か…」
「うん、そうだね。何もないといいけど。」
「大丈夫だよ。きっと」
「うん。」
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