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第186話
郁side
数ヶ月後…
卒業式まであと5日。
「やっと卒業か…」
ポソッと誰にも聞こえない声量でつぶやく。
窓の外からは、まだ冷たいが冬に比べれば少しは暖かくなった風が入り込む。
今日はこの寮の退去日。
部屋の中にはダンボール箱がいくつか積み上げられ、3年間の思い出が頭の中をよぎる。
「もう休憩?終わらなくなるよ」
「うん、分かってる」
部屋の外から戻ってきた春に声をかけられ、止めていた手を動かす。
2月の半ばから卒業式の前々日までにこの寮にある全ての部屋が空っぽになる。
実家に戻る人もいれば、新居に一人暮らしのものもいる。
僕たちはどうするかと言えば、とりあえず実家に戻ることとなった。
ただ実家に戻ると言っても、僕は春の家で一緒に暮らすことにした。僕の家と春の家はすぐ近くで昔はよく遊びに行っていたし、帰ろうと思えばすぐ帰れるし、そんなに変わりは無い。
3年に進級してすぐの時より、精神的に不安になることも減った。けれど、全ての不安が無くなった訳では無い。だからこそ、こうして同じ家の中で暮らすことになった。お正月の間に帰省して決まったことだった。
進学先は僕と真羽が同じ専門学校で、12月半ばに合格通知が来た。
俊は少し離れた場所にあるF大学を受験し、春は俊とは別のH大学を受験。卒業式の1週間後に合否が出る予定だ。
あの二人はすっごく頭がいいし、きっと合格してると思う。
卒業式まではあの数回指定された日に登校するのみでいわゆる自由登校というもので、補習の人たちは登校しなければならない。今回は出席日数も足りていて成績もそこそこのため補習に参加しなくて済んだ。あとは各自好きなように、勉強とか遊んだりして少しばかりの休みを楽しむ人が多い。
僕達も実家に帰ったら、しばらくはのんびり過ごそうと思っている。学校が始まったら初めてのことだらけで、焦ってしまうのは目に見えているから、落ち着けるうちにゆっくりしておきたい。
黙々と手を動かす中で何個目かのダンボールで最後の服を詰めを終わる。春が声をかけてきた。
「郁、このダンボール持って行って大丈夫?」
「あ、うん!お願い」
「りょーかい」
1階に荷物を運ぶのを手伝うと春には言ったが、重いものは絶対ダメと言われてしまい、こうして部屋の片付けに集中したわけだ。
3年にもなると、退去日のことを考えて夏が終われば少しずつ要らない物を実家に送ったり、取りに来てもらったりしていたため、割と直ぐに終わりが見えてきた。
あとは掃除のみ。
各階にある掃除機をかりてきて、隅々までホコリなどを吸い込ませる。窓のサッシもきちんと水拭き。
1階までの往復を数回した春には、休んでてと声をかけるが聞いてくれるはずもなく…一緒に最後の最後まで掃除をした。
「よっし。終わりだな」
「そうだね」
「行こう。下で母さんたちが待ってる」
春が僕に手を伸ばしてこちらを振り返る。
その手をぎゅっと握り、3年間を過ごした部屋の入口に立つ。
「…お世話になりました」
空っぽになった部屋を見てポツリとつぶやく。
春に手を引かれ正面玄関を目指すと、僕と春のお母さんが待っていた。
「郁、春くん、忘れ物ない?」
「うん、大丈夫だよ。」
「じゃあ、帰ろうか」
後ろに僕らの荷物を乗せた車に乗り込む。
そして春の家へ向けて車は走り出した。
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