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第195話

郁side 朝食後、僕と明宏さんがいつも通りリビングでニュースを見ていると、スーツを着た春がリビングに姿を見せた。 「郁、ネクタイやってくれる?」 僕が春のために何かするのを好きだと知っているから、春はスーツを着る時いつもこうして声をかけてくれる。 「うん!」 ソファから立ち上がって春の前に行く。 やっぱり春はスーツが似合う。 これからこのスーツ姿を見れる機会はほぼなくなる。 だから、この貴重な機会を見逃したくなくて、まじまじと見る。 「そんなに見られると、穴空いちゃう」 その言葉にネクタイを結びながら顔が赤くなるのがわかる。 「はーるー、準備できた?」 別の部屋にいる司季さんから声がかけられた。 「うん、もうできる」 「ん、わかった。もうすぐ出るからね」 「あぁ」 ネクタイを結び終える。 1、2歩下がって春の全身をみた。 「よし、おっけー!」 「ん。ありがと」 春は僕の頭をポンッと撫でた。 「準備出来たね。行くよ」 「ん。じゃあ行ってきます」 「いってらっしゃい」 「今日が最後の大学だな。行ってこい」 「ん。行ってくる」 そう、今日は春の大学生活最後の卒業式。 終わったら僕の家族も含めて、春の家でご飯を食べようと約束している。 春たちが帰ってくるまで、僕と明宏さんはお留守番。 その間、僕は探し物。 春の家に住むことになって、一緒に持ってきていたあれを、そろそろ処分しようと思ったからだった。 どこかにしまい込んだのは覚えているけれど、場所については、はっきり覚えていなかった。 多分これはなかなかに時間がかかりそうだ。 「…あ、あった。」 探し物は、高校生の時に使っていた手帳の間に挟まっていた。 そしてタイミングよく玄関の開く音が聞こえて「ただいま」と2人の声がした。 いつの間にかそんなにも時間が経過していたらしい。 探し物をすると、よそ見をして思い出に浸ることが多くてなかなか進まないのはなんでだろう。 そう思いながら、見つけたそれをゴミ箱に入れようとして、やめた。後で分かるように机の上へ置く。 階段をおりて、春と司季さんに「おかえりなさい」と声をかける。 「ん、ただいま」 春は素早く着替えると、大学の友達とお昼を食べに行くのだという。 一緒に来るか、と誘われたけど、せっかくの時間を邪魔するわけにはいかないから「ううん、行ってらっしゃい」と答えた。 「夕方には戻るから」 そう言ってバタバタとまた出ていった。

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