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第196話
春side
予定より遅れて家に帰ると、既に郁の両親が来ていた。
「ただいま」
リビングに顔を出せば「主役のお出ましだ」と言われた。一度、部屋へ荷物を置きに行き、また戻る。
「少し早い気もするけど、はじめましょ」
早いと言っても18時だ。
机に置かれた料理を前に誰かのお腹が鳴る。
お互いに顔を見合わせて笑う。
机を囲うように座って、みんなで「いただきます」と手を合わせた。
最近あったこと、仕事の話や世間話まで笑いながらこうして時間を過ごせるのは、なんだか心が温まる。
話しながらの食事はゆっくりで、各自取り皿に少しずつ取る。大皿の食事がだんだんと減っていき、最終的にはすべてきれいになくなった。
デザートのケーキがあるからと少し少なめだったのが良かったのかもしれない。
郁の両親が買ってきたケーキ。
6個それぞれ違うもの。
モンブラン、ショートケーキ、チーズケーキ、ザッハトルテ、いちごタルト、チョコケーキ
「どうしようか」とあーだこーだ言いながら、結局それぞれ好きな物を選ぶといい感じに分かれた。
「律夏くん達は元気?」
ケーキに夢中になっていた中で口を開いたのは陽太さんだ。
「元気すぎるぐらいよ、ね?」
「ほんとにな。」
今日ここには来ていない律夏と真冬は、数ヶ月前家を出て2人で暮らしている。
本当は今日も呼んでいたのだが、予定が合わず来れなかったのだった。
「なら良かった!またみんなでご飯食べましょって言っておいて」
「ええ、わかった」
皆がケーキを食べ終え、のんびりしていると横にいた郁が席を立つ。
「ちょっとね、見て欲しいっというか…聞いて欲しいものがあるの。持ってくるから待ってて」
食べすぎたせいか、お腹を擦りながら二階の部屋へ何かを取りに上がった。
戻ってきた郁の手には3通の手紙。
「これね、あの時に書いたんだけど…」
あの時とはいつの事だろうと皆思ったけれど口にはしない。
「高校でいろいろあって、もーだめだって思った時にね、いつかこうならないとも限らないって思ったから手紙書いてたの。とりあえず聞いて欲しい。」
『お母さん、お父さんへ
ここまで育ててくれたこと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう。お父さんとお母さんの子供に生まれてよかった。僕は本当に幸せ者です。どんな時もそばで支えてくれて、何があろうと僕の全てを受け止めてくれた。すごく嬉しかったし、安心できた。春と付き合うことも素直に喜んでくれて、嬉しかった。本気で怒ると怖いけど、それが愛情だってことは高校で寮生活をしている中ですごく感じました。寮だと同級生のみんながいて、ゆるい生活をおくってた。生活に注意されることもなくやりたいときにやりたいことだけをやって来た。でもそれだけじゃダメなんだって気づいたんだ。それもお母さんとお父さんのおかげです。お母さんもお父さんも自分のことより僕のことを優先してくれて、一番に考えてくれて、感謝ばかりです。本当に今までありがとうございました。親不孝ごめんなさい。先に行ってしまうこと、許してください。お父さんとお母さんは何も悪くありません。全ては僕があの日出かけたからダメだったんです。ごめんなさい。今日までありがとうございました。
さようなら。 郁』
『春へ
改めてこんなふうに手紙を書くのは初めてだね。春は僕にとって一生一緒に居てもいいと思える本当に大切な存在です。いつも「大丈夫」ってそばにいてくれてありがとう。春の大丈夫って言葉は魔法のようで、いつも安心できた。どんなに辛くても「ずっとそばにいるから大丈夫」って言ってくれたのはすごく嬉しかった。春の声はすごく落ち着くから大好きでした。春の笑顔は僕をいつも楽しくさせてくれた。春は何もできない僕をいつも支えてくれたね。ありがとう。
春は僕のことなんか忘れて新しく大切な人を見つけてください。
【本当はずっと忘れないでほしい。心の片隅に置いてほしい。もっと春と笑っていたい。けどそれはもうできないんだ。これは僕の我儘。】
春はきっと将来いいお父さんになると思うよ。僕が保証する。だから僕を忘れて。
この手紙も燃やしてください。
春のことは絶対何があっても恨みません。春には幸せになってほしいから。
春、こんな僕を好きになってくれてありがとう。大好きでした。
もう今は嫌いです。
狡い僕でごめんなさい。
ありがとう。
バイバイ。 郁』
『司季さん、明宏さんへ
春のこと産んでくれてありがとうございます。ここまで育ててくれてありがとうございます。僕と出会わせてくれて、ありがとうございます。こんな僕のこと気にかけてくれて、ありがとうございます。
春と出会って、今まで過ごしてきて、本当に大切な人だとすごく思ってます。
僕がいなくなったら、きっと春は悲しむだろうし、想像もしたくありません。身勝手でごめんなさい。
けれど、今ここにいることがとても辛いです。
身勝手でわがままな僕を許してくださいとは言いません。
僕が言えたことではないけれど、春のこと支えてあげてください。お願いします。
最後に、僕のことを大好きだと言ってくれてありがとうございました。本当に幸せ者です。
いままでありがとう。 郁』
読み終わった郁を抱きしめた。
「春?泣いてるの?」
郁が抱き返してくれて、耳元で声がする。
しばらくして、郁を離すと、手を繋いできた。
「本当は、捨てようと思ってて。でもいつか笑い話になる時が来るかなぁって、何となく手元に残してた。…今日集まるから、自分の口で伝えたいって思ったの。ちゃんと日頃の感謝は伝えとかなきゃって」
「…うん」
「春や、お父さん、お母さん、司季さん、明宏さんがいなかったら……ほんとに今こうしてここにいられなかったと思う。みんなの支えがあったから元気に過ごしていられるし、好きな仕事もできてる。…1度はこうして手放そうとした命だけど、今はもうそんなこと…出来ないし、思ってもない」
話しながら、時々言葉につまったり、涙が溢れ出るのをこらえるように話を続ける。
「……だってこんなにもみんなに支えてもらって、愛してもらって…あの時死ななくって…っ…良かったなぁ…って、すごく思うんだ。……本当にありがとう。僕をここまで生かせてくれてありがとう」
郁は、こぼれでた涙を手でふきながら、頭を下げた。
「こちらこそ。生きててくれてありがとう。」
「郁の気持ち、教えてくれてありがとう」
「ここまでよく頑張ったね。」
「これからはめいいっぱい幸せになりなさい。」
これから、もっと大変な壁にぶち当たる時が来るかもしれない。その時には今日のことを思い出そう。
その大きな壁も、ほんの些細なことに思えてくるはずだ。
「郁、ありがとう。これから先もずっと、よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
郁の顔に先程までの涙はない。
満開の笑顔だった。
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