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第198話
春side
2週間後
郁はいつものようにバタバタとしながら朝の支度を整える。
「時間まだあるし、ゆっくりでいいよ」
「でも、早めに行っておきたいから」
そう言って最後の支度が整ったのか「できたよ」と声をかけれる。
「行こっか」
「うんっ」
「「いってきます」」と一緒に玄関を出る。
今日は俺の運転で、助手席に郁が乗り込む。
病院は家から10分程度の距離にあり、すぐに着く。
いつものように受付を済ませる郁を見守り、順番が呼ばれるまで席にかけて待つ。
わりとすぐに呼ばれて、診察室に入れば「こんにちは」といつも通り笠原先生が笑いかけてくれる。
「こんにちは」
「うん、今日は室井くんも一緒だね」
「こんにちは、お世話になってます」
体調などを話しながら「今日は中川先生のところにも行ってね」と言われる。
俺はふと疑問に思ったが、郁が素直に「わかりました」と頷くので納得したふりをする。
「うん、元気そうで安心したよ。僕の方はもう通院じゃなくても大丈夫かな。何かあればいつでも来てくれて構わないからね」
「ありがとうございますっ」
精神的に不安定になると笠原先生のところに来て通院していた。今回はとりあえず最後なようで、一安心だ。
診察室を出ると看護師さんに案内され産婦人科の待合室へ連れていかれる。
「多分、すぐ呼ばれると思うので!少しお待ちください」
「わかりました」
看護師さんの言っていた通り、診察室から患者さんが出るとすぐ呼ばれた。
「こんにちは」
「先生、こんにちは」
「室井さん、お久しぶりですね」
「こんにちは、お世話になってます」
笠原先生に会ってはいても、中川先生に会うのは久しぶりだった。
「今日は一緒に来てくれてありがとう」
「いえ」
郁は機嫌よくニコニコとしていて、俺だけが状況を掴めていない感じだ。
「先生、まだ春には何も話してなくて」
「そうか。じゃあ聞くより見る方が実感できるかな。冬城さん、ベッドに寝てくれる?」
「はーい」
看護師さんの指示に従って、お腹を出すように寝る郁を見て、もしかしてと思う。
「…あ、気がついた?」
先生が俺の顔を見てくすくすと笑い出す。
それにつられて郁も笑っている。
「少し冷たいよー」
そう言った先生は、郁のお腹に機械を滑らせる。
少しづつ動かして目的のものが見えたのか、モニターを俺と郁が見えやすいように動かしてくれる。
「見えるかな?小さいけど動いてるよ」
そこには小さな、ほんとに小さな命がうつっていた。
「サプライズ」
驚きと嬉しさで動揺している俺に向かって、イタズラな顔をした郁が言ってくる。
「…気づかなかった」
「というわけで、今度はこっちに定期的に通わなきゃ」
テンション高めに言う郁の頭を撫でた。
看護師さんの指示で服を戻し、椅子に座る。
「これからよろしくお願い致します」
「こちらこそ。何かあれば来てね」
「はい」
簡単に今後出てくるであろう症状などを聞いて、次の診察の予約をし、診察は終わった。
受付へ戻って会計が終わるまで、なんとも言葉では言い表せない感情が渦巻いていた。
あっという間に会計も済ませ、帰路に着く。
「驚いた?」
そう聞かれ、頷くしかできなかった。
たしかにここひと月くらいを思い返してみれば、郁の生活がそれとなく変わっていたような気がする。
「…嬉しい?」
「嬉しいなんてもんじゃない。もう、何っていうか……ほんとにありがとう」
「…この間生理が止まって、もしかして?と思って先生のところに行ったら、妊娠だろうって言われて。すぐには小さすぎるからとりあえずピルやめて様子見でってことになって。次に行く時、春も一緒に行こうって思ったんだ。」
「ほんとに気が付かなかった」
「ぬか喜びさせたくなかったから。」
「…これから今まで以上に頑張るから」
「一緒にがんばろ?」
「うん」
お互いに抱きしめあった。
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