150 / 201
第150話
郁side
記憶を失くしていたとき、この光景のことも忘れてしまっていたことが辛かった。
春と並んでいつも見たこの景色。
大好きな場所だったのに。失う怖さを改めて知って鳥肌が立つ。
「春…」
「ん?」
春はきっとこちらを見ているだろうなぁ。でも、目を合わせれない僕を許してください。
「もう少しだけ。……待っててくれる?」
きっと春からしたら何のことかわからないだろう。
ほんとにもう少しだから。
何かつかめそうな気がするんだ…。
「いいよ、待つ。郁がそういうってことは、今はまだ頭の中で話したいことがまとまってないんでしょ?」
「…ありがとう」
春には何でもばれちゃってるなー。
僕はもう春なしでは生きていけないってくらい依存してる。
ぼーっとしていれば、階段を駆け降りる音が廊下に響いて聞こえ、ピックっと体が反応する。
「だいじょーぶ。なんもなんないよ」
気の抜けた春の声に安心して肩の力が抜けていく。
しかし、コツコツとこちらに近づく足音に少し警戒してしまう。
「…ぁ」
「お!どうした?登校日じゃなかっただろう?」
「あ、せんせーか」
「おいおい、室井。一応お前たちの英語を担当してる教員に向かってその言い方はないだろう?」
「はーい」
「ところででどうした?」
放課後のこの時間に僕がいることが不思議なのだろう。
「忘れ物したんで、取りに来るついでに郁を連れてきましたー」
「そういうことかー。一つお願いしたいことがあるんだが…」
「なんです?力仕事ですか?」
「そうそう。次の授業で使う資料を運ぶのを手伝ってほしくてな。一人じゃ多くて往復しないといけないから」
「あー。そういうことなら手伝います。二人いたほうがいいですか?」
「いや、一人でも大丈夫だが…」
「郁、ここで待ってる?すぐに帰ってくるけど、先生の科目室少し遠いし…」
僕に選択権をゆだねてくれるのも、春らしい。
「…ここで待ってる。」
「わかった。すぐ戻る」
すっと頭をなでてくれて、教室を出る後姿を眺める。
早く帰ってきてね…。
ともだちにシェアしよう!