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第2話 夜

 今日の授業の内容を記したノートを、西園寺は真剣な目で眺めた。ルーズリーフを取り出すと、やや雑多に書かれたノートから要点を抜き出し、綺麗にまとめていく。清書された内容は、売られた参考書よりもわかりやすいものだ。  しかし、机に向かい続けていたせいか、西園寺の身体は強張り、倦怠感が思考を鈍らせているのを感じた。 「外でも歩いてくるか」  西園寺は市の中央区のマンションで一人暮らしをしている。これは、自分で身の回りのことを出来るようにするという実家の教育方針によるもので、自由でのびのびとした生活が西園寺は気に入っている。こうして、ふと夜に思い立って散歩に出ても、誰にも何も言われない。変なところへ行って、補導されるようなことがなければ何処で何をしていてもいいとのことだ。  もっとも、西園寺としては自らの品格を落とすような真似をしてみたいとは思わないのだが。  西園寺のマンションから少し歩けば、眠らない繁華街へと辿り着く。そこでキラキラと光る看板や、賑わう人々を見るだけで、西園寺はどこか安心する。堅苦しい実家では、決して味わえない景色だ。  繁華街の光が、西園寺の美貌を照らす。高貴な血筋の発露を思わせる顔立ちは、雑然とした夜の街には不釣り合いだ。  西園寺がそこを歩いていても、繁華街は彼の存在を受け入れない。ただ、異物としてそこに存在しており、同じ空間にいながら次元が隔絶しているようだった。そんな距離感であるから、西園寺はこの繁華街のざわめきを、極めて客観的に見つめられるのかもしれない。  そして、だからか。  本来は繁華街の景色に溶け込んでいるはずのある光景を、西園寺は異質なものとして認識し、意識を向けた。 「あれは……」  白いシャツ、ほっそりとしたスラックスを履いて、深くかぶった帽子からは艶はあるが野放図に伸びた黒髪が覗いている。眼鏡はかけていないが……あれは幡山晃だった。  彼がここにいること自体は別に不思議ではない。繁華街は学園からそう遠くないところにあり、学園の生徒も勿論近辺で暮らしている。西園寺のように、散歩ついでにそこに行くということがあっても不思議ではない。だが……何故か西園寺は気になった。  すると、晃に近づいてくる人物があった。  でっぷりとした腹が服の上からでもよくわかる、だらしない印象の男。それもかなり年上らしい。遠目で見るだけでも、嫌悪感を催す。特に、あの男が浮かべるにやけ顔。脂ぎっていて、生理的嫌悪感を催す。そんな男が、晃に近づきやがて晃も男に気付く。  そして幡山の肩にその手が無遠慮に乗せられぐっと密着したのを見たのと同時に、西園寺は走り出していた。 「幡山晃!」 「えっ……!?あっ……西園寺?」

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