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第6話 日常

 ほとんど一方的にライバル視していた同級生、幡山晃と濃密な夜を過ごしてから、数日が経った。  その夜は、何度も快感の絶頂を二人で経験し、最後には泥のように眠った。西園寺劉輝の目が覚めると、昨晩までのことが嘘のようにベッドにひとりぼっちになっていた。その時西園寺は、激しい淫夢だったのかと思いかけたが、消しきれない濃厚な性の残り香が、現実であると保証していた。  あれから学園で幾度か顔を合わせたが、晃は不思議なくらいいつも通りの態度だった。面倒臭い女のようにいやいやとわめいて、それでいて西園寺の下で雌猫のように鳴いていたサキュバスと同一人物であるとは、にわかに信じがたい。  だが、西園寺は次第に苛立ちを募らせていった。 (サキュバスである幡山の生命維持の為とはいえ、俺たちはセックスまでしたんだぞ!?なんか、こう、もう少し親しくしてもいいだろうに……)  未練がましい視線をすれ違うたびに晃に向けるが、彼はいつもの貼り付けた笑みを向けてくるのみだ。  西園寺は、晃に近づきたいと思う自分に気づいていた。セックスをしたことで恋にも似た情が湧いたのかもしれない、と頭のどこかで思いつつ、同時に『生きる為』に酷い男と関係を持ち続けたという彼の真実を知ってなんとかしたいという願望が強く胸にあったのだ。  やはり、うじうじとしているのは西園寺劉輝らしくない。  そう思った西園寺は、放課後保健員の仕事で保健室にいるはずの晃のところへと突撃した。 「幡山晃!」 「うわっ、西園寺?」  保健室には、晃が一人でいた。  この学校の保健委員は、週に一度保健室で養護教諭の手伝いを行うことになっている。今日は晃が当番だった。 「どうしたの?怪我?」 「白々しい、そんなに俺と会うのが気まずいか」 「何もないのに保健室に来たのか……?用入りの生徒が来たら帰ってくれよ」  晃の態度はいつもの忌々しい飄々としたものだ。性の匂いがシャットダウンされた、色気のない立ち振る舞いである。  西園寺は促されるまま、保健室の簡素な回転椅子に腰掛けた。西園寺が座ると、ボロボロの椅子ですら玉座のようにも見えた。西園寺が座ると、晃は自然と口が開いたと言うように話し始めた。 「別に避けてたわけじゃない。西園寺は忘れているかと思って」 「俺を痴呆扱いするつもりか?」 「そうじゃない。サキュバスには催淫能力だけじゃなく、洗脳能力も普通備わっている。まあ、僕は落ちこぼれだし、都合よく西園寺が忘れてくれるわけないか……」 「都合よく?俺とのセックスの記憶は、都合が悪いか」 「西園寺にとっては、そうだ」  晃が顔を上げる。まただ、この表情。  余裕がありそうな飄々とした笑みの下から現れる、どうしようもなく卑屈な彼の本性。西園寺は、あれだけ夢中になって身体を重ねたのだから、少しは意識変革はできていると考えていた。だが、全く変わっていない。晃は、まだ自分との関わりが西園寺の汚点になると思っているようだった。 「勝手に俺の都合を決めつけるな」 「…………それより、何しにきたんだ?別に僕、あれから夜中に男漁りとかしてないよ」 「精が生命維持に必要ではないのか」 「お陰様で……君のお陰で、向こう暫く生きるに困らないエネルギーが手に入った」  西園寺は安堵する。またエネルギーを切らした晃が、晃をロクに扱わない男達に抱かれに行くのではないかと、気にかけていたのだ。  西園寺は目を逸らす晃の顔を見つめる。確かに地味だが、晃自身が称するような醜さは無い。ただ表情を作り慣れていないと言うか、一つ一つの表情がぎこちなく、それは他人に不安を抱かせる。冴えない印象のほとんどは、この表情のレパートリーの少なさにあるだろう。  だが、あの夜を過ごした時に晃が見せた、不慣れな快楽に必死に置いて行かれないようにする表情、あれは西園寺から見ても可愛らしい、美しいと言えるものだった。 「なあ、またしないか」 「え?」  気が付いたら西園寺はそのような言葉を口に出していた。

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