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第3話
それから、月に何度か会ってセックスするようになった俺たち。学校で、すれ違った時とかの反応は変わらないのに、酒を飲んでセックスする仲って、もうセフレで良いと思う。
だけど、友達じゃない。だから、セフレでもない。何だろうな。
学校行って、仕事して、たまに細川と酒飲んでセックスして。ふと、思い出す。最近、セックスの相手は細川だけだったと。まぁ、溜まってないから問題もないけど。
ある日の事、もう雨も冷たくなってきた時期。
ばしゃばしゃと降り続く雨を、街灯が照らしている。
そんな時は客足も少ない。
普段できない仕事をするのにちょうどいい人も言える。そんなこんなで、少し残業をしてから帰ろうと表に顔をだした。
が、店長に上がりのあいさつをする前に、カランカラン、と店の扉が開いた。
「……細川?」
そう、思わず問いかけてしまうほど、いつもの細川とは雰囲気が違いすぎて困惑する。
真っ青な顔で、うつむいたまま。
どうしたものかと様子を伺っていれば、俺の名を呼ぶ声に反応するかのように顔をゆっくりと上げた。
その顔には表情がない。いや、必死にこらえているのかもしれない。雰囲気的にはどこか、不安げでそれでいて泣きそうだ。
俺を瞳に写した細川は、ゆっくりと近づいてきて俺の胸倉を両手ですがるように掴む。
「なに?どうしたわけ?」
何も言わず、震えている細川の手をとりあえず取ろうと、その手に触れた。
その冷たさにびっくりする。
ぱくぱくと口を動かしていた細川がガバッと顔を上げると、同時に涙を流し始めた。
雨雫ではない、暖かいそれ。
「お前の所為だ……」
泣きながら、かすれ声で叫ばれたその言葉に、俺は驚く。
俺の所為?何が?
訳も分からず固まっていると、店長に後ろから肩を叩かれた。
「慈雨くん……」
名前を呼ばれ、首を横に振られる。そう言えばまだ店内だった。バスタオルを渡されそれでとりあえず細川を包む。
店長がこの時点で首を横に振るってことは、今日はここの二階を借りられないという事だ。
店長にとりあえず頭を下げると、店を出てタクシーを捕まえる。こうなれば、家まで送ってもらうしかない。
細川は俺の後をついてきて、ずっとどこかを掴んでいる。
タクシーの運転手には良い顔をされなかったが、気が付かないふりだ。
家に着いて、タクシーの運賃を払い、降りる。
その間、俺と細川の間に会話は無い。ただ、差し出した手にハッとしたような顔をした細川は、少し躊躇いがちに俺の手を握った。
尻の下になっていたバスタオルを手を伸ばしてとり、細川の肩にかける。
どーも、と運転手に言って見送ってから俺は玄関を開いた。
「ただいまー」
一様、そう声をかける。靴を脱いでいると、バタバタと足音が近づいてくるのがわかった。
我が家のお姫様だ。
「慈雨おにーちゃん、おかえりなさい!!」
そう言って背後から飛びついてくるから、油断ならない。ただいま、と再び返せば何が嬉しいのかキャラキャラ笑っている。
「おにーちゃん、お友達?」
「あー?うん、まぁ……」
なんだろうね?まぁ、友達と称してた方が面倒が少なくていいだろう。
「こら、千春!もう!ごめんなさいね、慈雨くん」
ふわり、と背後の重りが消える。
「いえ、大丈夫ですよ美和子さん。そだ、お風呂湧いてます?」
「えぇ、大丈夫よ。慈雨くん後ろの子は?」
「トモダチ、ですよ」
「そう?珍しいわね……ゆっくりしていってね」
美和子さんが細川に向かって頭を下げると、千春を連れて行ってくれた。ホッと息を吐いて靴を脱ぐ。
細川もぼんやりしながらも、ちゃんと靴を脱いで付いてくる。日本人の習性だな。
脱衣所につくと、細川の手を離した。
「そこが風呂、これ使っていいから暖かくなるまで出てくるなよ」
俺のお気に入りのシャンプー等が入っている籠を渡して風呂場のドアを指差しながら言う。
俺はぼんやりとしたままの細川が少し気になっていたが、あぁ、としっかりした返事を聞いて脱衣所を出た。部屋に戻って、着替えを取ってこなきゃならないだろう。と、二階へ続く階段の途中、弟とすれ違う。
その手に持っている着替えを見て、足を止めた。
「風呂なら今使ってるから、後にしろよ」
「……さっきまで誰も入ってなかったけど?」
「俺のオドモダチってやつが、いま使ってんだよ」
それだけ言うと、弟……数馬の頭を乱暴に撫でて部屋へ急ぐ。それ位のスキンシップなら可能なのに、な。
部屋着に着替えて、目測で細川の着れそうな服を出して脱衣所へと向かう。
しっかり話は聞いていたようで、籠の中に丁寧に畳まれた服が入れてあった。変なところで几帳面だな、と思いつつ細川の服を取ってポケットの中身を確認しながら洗濯乾燥機の中へ放り込んでいく。
上着には案の定何も入っていなかったのに対して、細川のズボンには、財布とスマフォ、そして一枚のエコー写真が入っていた。それが、何なのか分からなくもないが、まさか、と思いとりあえず財布とかと一緒に避けておく。
ついでに俺もシャワーだけ浴びるか、と服を脱いで籠の中へと入れる。洗濯物は細川のものと一緒に洗濯してしまえばいい。潔癖症でもないし、別に気にしない。細川がどう思うかは知らないけど。
風呂場の扉を開ければ、湯船に浸かっていた細川が驚いた顔をして俺を見る。
「おっ、おまっお前っ!?」
「あん?俺の裸なら見慣れてんだろ?」
俺はシャワーを浴びて、体を洗い出す。
別に今更恥ずかしがるもんなんて何にもない。それに、恥ずかしい体もしてないしな。
全身洗い終えてから、俺も反対側から湯船に浸かる。
あぁ、と声が出るのは何ででしょうね。おっさんか、俺。
俺の足が触れるたびに、ビクビクとしている細川。
「おっ、おれ、もう上がるっ」
いつもみたいな、傲岸不遜じみた態度じゃなくて、弱々しくて不安げな細川に、やっぱり違和感を覚える。
「待ちなよ」
そう細川の腕を取る。
細川は慌てたように俺を見て、どうしようか迷っている。
その腕は、バーで触れたときよりも断然暖かくて、ホッと内心胸を撫で下ろす。
「俺も出るから」
「お前、入ったばっかりだろ?」
「……別に、あんまり長風呂しないし」
これは嘘だけど。けど、今一人で上がらせたところで湯冷めさせるのは明らかだし、弟にはなるべく遭わせたくない。
脱衣所に戻って、細川の分の着替えを渡す。もちろん、下着は新品だ。
細川は、着替え終わるとハッとしたように財布とかを握りしめて、悔しそうに唇を噛んだ。
全く持って、何が細川にそうさせているのかわからない。
「兄貴、出たの?」
「あぁ、うん。ごめんね、邪魔して」
脱衣所を出れば、リビングの方から数馬が顔を覗かせた。
その顔を細川が見た途端、ビクッとビクついた。
きっと、数馬の異常性に気がついたのかもしれない。
キッチンの方へ顔を出して、美和子さんにお湯とカップの準備を頼んで二階の自分の部屋へと急ぐ。
細川は、何か思うところがあるのか、部屋に入るまで口を開こうとはしなかった。
はぁ、とため息を吐きながら、細川を適当なところに座らせて、俺も腰をおろした。
「それで?何で今日、あんな風になってた訳?」
「……っ、最近、調子が悪くて」
「……体調不良を俺のせいにしないでよ?お前の体調管理がなってなかっただけじゃないの?」
「お前のせいだっ!お前が、遠慮なしに中出しなんかするからっ」
「それが何?妊娠でもしちゃった?アルファ様が」
クスクスと笑いかければ、机の上にさっきのエコー写真が乗せられる。
「……、妊娠二ヶ月だ」
「えっ?マジで?俺、からかわれてる訳じゃない?」
からかってない、と泣きそうな顔で睨んでくる。
「じゃあ、何でアルファのお前が妊娠なんかするわけ?おかしいだろ?」
「俺は……、遺伝子上はアルファだ。けど、体の作りはオメガっていう特殊な体……だったらしい」
発情期は来ない、けど妊娠することは出来る。
そう、細川は言った。
嘘だろ?と頭を抱えているところで、美和子さんがお茶を持ってきてくれた。話に夢中になってて取りに行くことさえ忘れていた。
美和子さんにお礼を言いつつ、持ってきて貰ったお茶を飲んで一息ついて、思考を整理する。
「それで、お前はどうしたいの?」
「……医者は、アルファの遺伝子を持ってるから危険だって言った。けど、今後の医学の発展のために生んでほしいとも言った。俺の観察結果が全て研究資料になるから、出産費用なんかはかかんねぇ。けど……」
けど、と細川は言葉を濁し、なかなか話始めない。けど、待つのは嫌いだけどとりあえず、今回だけは細川が話すまで待ってみようとも思った。
時間はたったけど、ようやく細川が口を開く。
「親父が、当然のようにおろすって言って……」
「逃げてきたの?つか、お前は、お前自身はその子供どうしたいんだよ?」
ポカンっ、とした顔の細川は言葉を理解して、言いずらそうにまた、唇を噛んだ。
「俺は……俺は、産みたい。何であれ、俺の子供だ……」
「そう、じゃあ産めば?」
「は?」
「だから、産めばって言ってんの。聞こえない?」
そうじゃない、と首を横に振るけど、俺にしてみればそう言う問題。
産みたいなら産めばいい。最低なこと言ってるって言う自覚はあるけど。
「責任ならとってあげる。そうだなぁ、でもこの家にずっと泊めておくわけにもいかないから、ちょっと待ってて」
スマフォを取り出して、まだバーの営業時間と言う事を確認する。
廊下に出てから、電話を入れた。あの二階の部屋を借りられるかどうか。
二~三日後からなら、とOKを貰えた。それまで、どこかに預かってもらわなければならないけど。
考えた末に、細川は嫌がるかもしれないが、礼緒に電話してみる事にする。
『もしもし、俺です』
「礼緒くん?慈雨だけど、今大丈夫?」
『はい、先輩から連絡なんて珍しいですね』
「俺もそう思う。それで、一つお願いがあるんだけど、良いかな?」
何でしょう?と本当に不思議そうな声が電話の向こうからする。
「あのね、二~三日でいいんだけど、細川、預かってもらえない?」
『ホソカワ……えっ?慈雨先輩?』
「番くんとさ、相談して嫌なら嫌でいいんだ。でも、前みたいに君に迫ったりすることは無いって約束するから。お願いできないかな?」
ちょっと待っててください、と戸惑った様子で携帯から声が離れていく。きっと、彼の番に相談しに行ったんだろう。
暫くして、戻ってくる。
『えっと、大丈夫です。少し、よこ……俺の番から弄られるかもしれませんが』
「その辺は、いいよ。腐ってもアルファだからね。大丈夫大丈夫。じゃあ、お願いするよ」
『あの、最後に一つだけいいですか?俺の番も聞けって』
「なに?」
『細川先輩って、慈雨先輩の何なんですか?』
その質問に、ドキッとした。同時に、答えなんか持ち合わせていないことを改めて思う。
「……何だろうね?俺にも分かんない。セックスするけど、友達じゃないからセフレじゃない。好きでも、愛してもいない。関係性に、名前なんかないんだよね」
『じゃあ、どうして細川先輩を何かから守ろうとしてるんですか?自分の所有物みたいに』
「その中に、俺のモノが居るから」
『いる?』
「詳しい事は、細川から聞いて。じゃあ、よろしく頼むよ」
そう、電話を切った。
ふぅ、とため息を吐いた瞬間、ダンっ、と俺の体は廊下に押し倒された。
犯人はそう、俺の弟。数馬だ。
「ぃってぇ……何、すんの数馬くんは」
「今部屋に居るオトモダチって誰だよ?あんた、俺の気持ち知っててアイツ連れて来たのかよ!」
何をトチ狂ったか、この弟は俺の事が好き、らしい。兄弟としてではなく、恋愛感情として。
それを、前面に押し出してくるようになったのはいつからだったか。
でも、俺は答えることは出来ない。例え血がつながってなくても、兄弟で。
そもそも、俺は元からアルファが嫌いだ。ベータの癖に、な。
「……お前に、何か関係あるの?」
「あに、き?」
「アレは俺のなの。お前はただの、俺の弟。弟じゃなかったら、相手にもしてないよ」
冷たく言い放つと、数馬は少しひるんだ様に息をつめた。
そもそも、俺がこんな態度で数馬に接したことがないのが問題なのかもしれないけど、どうだってよかったんだ。
「退けてくれる?待たせてるから」
そう、押さえつけられたまま言えば、数馬はおずおずと俺の上から避けて行く。
はぁ、とため息をはいた俺はそのまま部屋へと戻る。
声なんかかけてやらないよ、自分が居ましたことをしっかり反省してもらわないと。
「ごめん、待たせたね……って、寝てるし」
病院に言って来たとも聞いたし、疲れたんだろう。
はぁ、とため息を吐いて気合を入れる。本当、もやしっ子の俺に何させようとしてんだかこのアルファ様は。
そう思いながら、寝てしまった細川を抱えてベッドにそっと転がす。
それだけで、俺には重労働だ。全く。
はぁ、と離れようとすれば、ぐんっ、と引っ張られる俺の体。何かと思えば、俺の首根っこを細川が掴んでいた。
コイツは良く俺を掴むな、と思っていながら素直にその隣に転がる。
その後、特にベタベタと甘えられるわけでもなく、ホッとする。
無意識だったんだろう、俺を掴んだのは。
ベタベタされるのは好きじゃない。
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