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第4話

 次の日、目覚めた細川に“文字通り”叩き起こされた。  背中が痛い。  そもそも、細川が俺の首を掴んで離さなかったのが原因だって言うのに、理不尽だ。  はぁ、とため息を吐いてから、俺たちは学校へ行く準備をして家を出た。  昨日、あんなことをしてきた数馬は、俺達よりも先に家を出て行っていた。  学校に行って、昼の空いた時間に俺たちは、礼緒とその番に会った。  横山大雅、番を本当に大切にしているという事が、傍から見てちゃんとわかる。 「んじゃ、よろしくねぇ、礼緒君」 「いえ、俺なんかでよければ。でも、細川先輩は良いんですか?」 「良いの良いの。そもそも、この件について細川に拒否権は無い」 「待て、なんだそれっ!聞いてねぇぞ」 「言ってないし、言わないしぃ」  お腹の子供の事を考えてか、そんなに抵抗することもないけど。  俺たちが学校で一緒に居る所なんて無かったから、周りはざわついているし、細川の取り巻きたちも、遠巻きで見てる。  俺が立ち上がって、その場を離れると、細川も横山と礼緒に続いて席を立った。  その様子を密かに見て、ほっと息を吐く。  さて、と俺は次に不動産屋へ向かう事にする。  元々、そろそろ家を出ようと思っていたからちょうどよかった。  数馬が、俺を好きな事は知っていた。けど、俺にはどうする事も出来なかったし。  そもそも、家自体が好きじゃない。親父に至っては、大っ嫌いだ。  美和子さんは、母親何て思ってない。本当の母親も、嫌いだ。  それでも、俺を育ててくれたことには感謝はしてる。  だからこそ、早く自立してここから、この家から出て行きたかった。  他人と住むことに抵抗がないわけじゃない。けど、何となくだけど細川と一緒でも大丈夫だと思った。  アルファもオメガも嫌いだけど、今の細川に嫌悪感は無い。  はぁ、と息を吐いて、気合を入れ直した。  数件、前からチェックしていた物件を回った。大学から近くて、金額的にも良さそうな物件を見つけて契約した。  親父に保証人を頼んで契約を終わらせた。  親父には前から、家を出る話はしてたからたいして驚きもしてなかったけど。  家電をある程度そろえて、家具も入居日に運び入れてもらえることになった。  勿論、まだまだ足りないものだらけだろう。けど、そこまで焦ってそろえなくても良いかなって、後回しにできるものは後回しだ。  俺の部屋の荷物なんかもまとめて、細川に至っては着る物とかもないし、とりあえず家に一緒に行った。  そこで、細川父と対面したんだけど、本当にアルファってやつの考え方しか持ってなくて。  腹が立つを通り越して、呆れた。  アルファがそんなに偉いのかよって思いながら。  らちが明かないと思って、俺は細川に支度をしてくるように言ってその場を追い出して細川父には、細川を貰うと宣言した。  細川母は、しきりにお父さんに謝って、と気弱な態度で諭してきていたけど、俺たちの主張は全く持って合わさる事がない。  そんな口論した所で無駄だろう。俺は支度の出来た細川を連れて、もう二度と戻さないと宣言して乱暴に細川家を出た。  後で自己嫌悪に陥ったけど、細川もなまじ嬉しそうだったし、俺も細川父には怒りしか湧かなかったから、まぁ仕方がないと割り切った。  まぁ、そうしている内に一カ月も経って入居日を迎えた。  流石は、プロたちだ。時間通りに来て全部セッティングを終わらせてくれた。  新品のソファーでふーっと息を吐く。  明日には、細川もこの部屋に越してくる。そもそも、何で俺、細川のためにこんな頑張ってんだろ?と内心首を傾げながら。 「これも、出しちゃわないとねぇ」  ヒラヒラと翳す、薄い用紙。  婚姻届け。俺の名前だけ、書いてある。  これを、細川に記入してもらって出せば、細川は、俺の伴侶として登録されて、細川家の戸籍からは引き抜ける。  けど、本当にいいのか?そう、思ってみても答えなんか帰っても来ない。  そもそも、俺がこんなに悩むなんてありえない。  それだけ、細川という存在に毒されたのか、周りの影響か。  考えても仕方がない。  そう思って、そのまま、ソファーで横になって目を閉じた。  次の日、時間通りに細川はこの部屋に来た。 「これがここの部屋の鍵。あと、これに記入する事。いいね?」  そう言って、昨日迷っていた婚姻届けを細川に差し出す。  それを見て、細川は一瞬微妙な顔をして俺を見た。  その不満も、不平も分かったうえで細川の意思を無視する。今までそうしてきたみたいに、今回も。 「お前はそれでいいのか?」 「何が?」 「この先、ベータでもオメガでもアルファでも、お前が好きになる奴がいるかもしれない。けど、俺がこれを書けば確かに俺はあの家から自由になる。けど、それは同時にお前に足枷を填めることに成るだろ。それでも、いいのか?」  不安げに俺を見る細川に対して、俺は少し考えた後、良いんじゃないの?と細川を見ずに言う。 「俺は、セックスもするしバイだし、後も前もどっちもいける。けど、本気で人を好きになることは無いって分かってるんだよ。アルファもオメガも、ベータさえ俺は嫌いだ。ただ、アルファやオメガが特に嫌いなだけで俺は、心の底では人間すべてを嫌悪して生きてる。きっと、お前の事も好きになる事は多分ないよ。でもね、その子供なら愛せる気がするんだよ」  だからいい、と言えば少し悲しげな顔をしてから細川はそれの必要事項を埋めた。  俺はそれと母子手帳を持って役場へと足を向ける。  細川には、俺の浸透印を持たせて、午後からくるベッドの受け取りを頼んだ。  ポケットの中で、存在感を放つそれ。  最後まで躊躇いながら、役場の窓口へ提出する。  暫くして、ちゃんと受理されたことを受付で言われた。  それから、母子手帳の名前を書き替えてもらった。  “細川直継”から“内藤直継”へと。  にっこりと笑って、おめでとうございます、と言われた。  何がおめでたいのかさっぱり分からないけど。  細川は、大学を休学した。幸い、うちの大学は休学費と言うのはただらしいからよかった。  大学を卒業できるのは少し先になるだろうけど、それでもそれは細川自身が望んだ事でもある。  細川の大学の学費は全部一括で支払いがされているそうだ。だから、あっちが返還を求めない限りは復学しても通えるだろう。  貰えるものは貰っておけって精神。  細川との暮らしは、やっぱり何となく今までと変わりがなくて。  俺は、俺のパーソナルスペースに人を入れた事なんて無かったのに、細川は干渉してくることは無いけれど、弾き出すこともない。  やっぱり、毒されている気がするけど、どうだろう?  まぁ、変わった事があると言えば、細川が俺に意見を言って来る……のは前と同じだけど、俺も妥協を覚えた。  俺だって、何度も何度も細川の意思を無視したりしない。  けど、喧嘩したりするのは価値観の違いから仕方のない事なのかもしれない。  愛情なんてないし、ましてや恋でもない。セックスをするけど、友達じゃない。  不思議な俺たちの関係は、一つ変化をした。  名無しであった関係性は、これからは“夫婦”となったのだから。

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