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第2話
「・・・・・・は?」
屋上への扉のノブを強く握ったまま、ガックリと肩を落とした。
「よっ!」
なんで、あんたがいるんだよ!
どうやって先回りした?
俺も知らない近道でもあんのか?
「・・・・・・なんで?」
よっ、じゃねぇんだよ!
俺達そんな仲じゃねぇだろう!
さっき会ったばっかだよな?
なんか馴れ馴れしくね?
「なんでって・・・・・・天城とお話がしたいなぁと思って」
紅刃は金網に背中を預けて、ニッと口角を吊り上げた。
金髪が風に揺れて、太陽の光を受けてキラキラ輝いてる。
光線の加減か、教室とは違い、赤く輝く双眸でこちらを見詰めている。
「あぁそうですか」
ムシだ、ムシ・・・・・・構ってられるか。
「俺はしたくありません」
あんたがココにいるんなら、俺は教室に戻って真面目に授業を受ける。
くるっと体の向きを変えたら・・・・・・
「いいじゃん、少しくらい」
数メートルは離れていたはずなのに・・・・・・
いきなり背後から手首を掴まれて、俺の手がノブから離されて・・・・・・
強い力で引っ張られて、身体が回転して、気付いたら壁に背中を押し付けられていた。
「な?」
呆然と、ニッコリと笑う紅刃を見た。
もう片方の手で肩を押されて・・・・・・逃げられない!
う、動けない!!
「な、じゃねぇよ」
って・・・・・・なんで手が振り解けないんだ?
そんなに力入ってないっぽいのに?
「なんだよ、俺が怖い?」
は?
意味解んね!
「んなわけっ、な・・・・・・」
次の瞬間、頭の中が真っ白になった・・・・・・
顔が近っ・・・・・・
「・・・・・・ん・・・・・・んん?」
お、俺、いいい今・・・・・・きっ・・・・・・ききき・・・・・・
唇と唇を押し当てて・・・・・・
顔が離れて行っても目は逸らせなくて・・・・・・
「ど?」
ぺろっと唇を舐めて、満足げな笑みを浮かべて俺の頬に触れて・・・・・・
「っ!」
瞬間カッと頭に血が昇って、俺はそのまま紅刃の顔を殴りつけた。
人なんて初めて殴った。
「いってぇ!」
当たり前だ!
痛いように殴ってんだから!
殴った方の俺の拳も痛い。
「っざけんなぁ!」
何か悪いことしたか、みたいに俺を見上げた紅刃に向かって思いっきり叫んだ。
俺のファーストキス!
涙目になってるのは分かってる。
だって、ファーストキスって、好きな人とするもんだろ?
本当なら・・・・・・俺のファーストキスの相手は・・・・・・・・・
泣きたいけど今はダメだ!
こいつの前でなんか泣くもんか!
手の甲で唇を拭って、俺はそのまま校舎に飛び込んだ。
階段を何段か飛ばしで駆け下りて・・・・・・
そのまま学校を飛び出した。
そのまま無我夢中で走って・・・・・・
気がついたら、屋敷に着いていた。
「坊ちゃま?」
こっそり裏口から入ろうと思っていたのに、ちょうど帰ってきたところらしい家政婦長の鈴江さんに見付かってしまった。
「あら、まぁ、どうなさったんです?」
俺に向かってハンカチを・・・・・・ハンカチ?
「お1人でお戻りになったのですか?」
いつの間にか泣いて・・・・・・た。
「鈴江、さん」
ぐすっ・・・・・・やべぇ、大泣きしそう。
ホッとしてら、足から力抜けそうだ。
「まぁまぁ、坊ちゃま、泣かないでくださいまし・・・・・・さぁ、中へ・・・・・・」
鈴江さんと一緒に裏口から屋敷の中へ入った。
この屋敷の人間はみんな、Ωの俺を人間扱いしてくれる。
「おかえりなさい、鈴江さん・・・・・・っと、天城坊ちゃま?」
数人のメイドが俺を見付けて駆け寄ってくる。
「どうなさったんですか?」
オロオロしながら・・・・・・俺の涙が止まらないのも悪いんだけど。
「坊ちゃま!」
俺の周りをグルグル、バタバタと・・・・・・
「落ち着きなさい、貴方達」
さすが、彼女達を纏める立場にある鈴江さん。
その一言でメイド達が冷静さを取り戻した。
「では、坊ちゃまはお部屋へ。後で温かい飲み物をお持ちいたしますから」
俺は、その中の1人と共に、自分の部屋へ着替えに向かった。
カバン・・・・・・は、学校に置きっぱなしになってるけど、今更取りに戻る気もない。
チラッと壁掛け時計に視線を飛ばした。
この時間は、まだ学校の授業があるんじゃないですかっていう指摘は誰もしてこない。
「大丈夫ですか、天城坊ちゃま」
心配そうに俺の着替えを手伝おうとするメイドの手をやんわり下ろした。
「ごめん。驚かせちゃったな」
「いえ・・・・・・泣いておられたようなので・・・・・・はっ!ま、まさか失恋でも・・・・・・」
何年かぶりに泣いたなぁ。
でも失恋って・・・・・・相手もいねぇのにそれは出来ないだろ?
ちゃんと違うって訂正した方がいいか・・・・・・
「・・・・・・あのな」
実はって説明しようとした時、扉がノックされて鈴江さんが入って来た。
湯気の立ち昇る紅茶と、温かそうなお絞りを持って。
「ありがとう」
ベッドの端に腰掛けて、お絞りを受け取った。
そのまま目元にお絞りを押し当てて・・・・・・
その間に先程のメイドは部屋を出て行ったみたいだ。
「はぁ」
大きな溜息を吐き出して、
「坊ちゃま?」
俺はそのままベッドに仰向けに倒れこんだ。
当然のように鈴江さんが俺の靴を脱がしてくれる。
「鈴江はここにいた方が宜しいですか?それとも?」
側に?
誰かが側にいてくれた方がいい・・・・・・のか?
でも、こんなこと鈴江さんに相談出来ないよなぁ・・・・・・
お絞りを握り締めて外し、上半身を起こす。
「いや、暫くは1人になりたい」
目の前に、優しい笑顔の鈴江さんがいた。
俺が小さい頃から、ずっとこの家に尽くしてくれている人。
「解りました。何か御用がありましたら御呼びください」
お絞りを鈴江さんに渡して、彼女はそのまま部屋を出て行った。
「・・・・・・はぁ」
ぱたっと再びベッドに倒れる。
天井をぼんやり眺めて・・・・・・
『ど?』
紅刃の顔を思い出してしまった。
ど?ってなんだ?
どんな感じってことか?
そもそも誰の許可を得て俺に、ききっ、キスをしたぁ!
「・・・・・・あんのやろう」
俺のファーストキスをっ!
ゴロンッと向きを変えて。
「ムカついてきた」
絶対に許さねぇ!
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