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第17話
「天城、少しは落ち着いたか?」
火爪さんの手が頬に触れて息を飲んだ。
温かい手・・・・・・・・・火爪さんの手に自分の手を添えて、ほっと息を吐く。
気持ちいい。
「・・・・・・・・・はい、あの、すいません」
何から聞いていいのか、分からないのであの・・・・・・そちらから何か話してくれませんか?
背中に触れてる火爪さんの手からも熱が伝わってくる。
すごく安心できるのが変な感じだ。
初対面なのに・・・・・・・・・
「謝らなくていい・・・・・・じゃぁ、何から話そうか?」
なにから?
俺、何か一番大事な事聞かなきゃいけない気がする・・・・・・?
そんな俺の事を察してくれたのか・・・・・・
「天城と一緒に運ばれてきたβの子・・・・・・」
そうだ!黄馬!
あんなに苦しそうにして・・・・・・
俺の声も届かなくて・・・・・・・どうなったんだ、黄馬は!
全身に力が入ったのが伝わったらしく、火爪さんの手がゆっくり背中を撫でて落ち着かせてくれる。
「まだ意識は戻ってないけど峠は越えた。今は容態も安定していて、時期に目も覚めるだろうって担当医師から聞いてる」
生きてる?
「咲良が会場から持ち出してくれた料理が役に立ったよ・・・・・・・・混ぜられていた薬品を分析、解析して解毒薬を精製。薬が効果を発揮して一命を取り留めたわけなんだけど」
黄馬・・・・・・会いたい。
生きてるんだ、良かった。
思わず火爪さんの胸元にぎゅっと抱きついてしまった。
良かった、黄馬・・・・・・・・・良かっ・・・・・・・・・ん?
ちょっと待って?
今の言い方・・・・・・だけどって言った?
火爪さんの手が髪を撫でてるのが嫌じゃなくて、どちらかと言うと安心出来るから聞き逃すところだったけど。
「治療の時に使用した薬の副作用ではないかと言われてるんだけど、彼の身体に変化が起こっていて」
こういう時の『副作用』って言葉は、あまりイイ意味で使われなさそうだけど?
「黄馬に何が?」
生きてると聞いてホッとしたのに・・・・・・また不安になって来た。
ちょっと困った顔をして、火爪さんが俺を抱き締めてくれる。
「彼は・・・・・・・βだったと聞いているんだけど」
耳元で火爪さんの声を聞きながら、小さく頷く。
黄馬はβだ。
うちに仕えてくれている鈴江さんも、今は亡き旦那さんも・・・・・・βって聞いてる。
ん?
だった・・・・・・って、過去形?
「治療後の検査で・・・・・・・彼がαになっていることが判明して」
は?
きょとんっと目を丸くして火爪さんを見上げる。
黄馬がβからαになったって?
え?
まさかそんなことあるわけないでしょ?
あ、でも・・・・・・研究所にいた頃、αがΩに変化した事例が発見されたって噂を聞いたことがある。
本当かどうかは解らないけど。
まさか、黄馬もそうだってこと?
「紅刃から、彼が天城にとってどういう存在なのかは聞いてる」
黄馬がαに?
「彼の目が覚めて、自分がαになったって知ったら・・・・・・どういうことになるか、想像出来る?」
どうなるかって?
黄馬なら・・・・・・目をキラキラさせて、犬みたいに、見えない尻尾を思いっきり振って、喜んで俺に報告してくるんじゃないかな?
喜んで?
黄馬がαになりたいなんて願望を持ってたかどうかなんて聞いたことはないけど・・・・・・
一般的に、βよりはαの方がいいんじゃないのか?
αには特権が多いって聞いたことはあるけど・・・・・・・・・
俺にはよく解らない。
αになりたいって思ったこともないし。
「天城はどう?」
どう、とは?
世間一般のβが、Ωをどういう目で見ているかは知っているけど、黄馬は違った。
Ωの俺なんかの事を、すっごく大切にしてくれた。
代々うちに仕えてくれている家柄だから、ってだけじゃない。
黄馬とは小さい頃から一緒で・・・・・・本当の兄弟みたいに・・・・・・・・・
黄馬から蔑むような目で見られたことは一度もない。
でも、αになったことを知ったら・・・・・・・・・態度を変える?
いや・・・・・・・・・黄馬に限ってそんなことはない。
絶対にない!
「・・・・・・天城が彼に対して、少なからず好意を抱いていることは分かったよ」
好意?
後で黄馬の病室に連れて行ってくれると約束してくれたところで、紅刃が戻って来た。
部屋の中に火爪さんがいて驚いたみたいだけど、その後ろから白衣を着た男が入って来て・・・・・・
「紅刃、入り口塞いで止まるな・・・・・・退け」
随分筋肉ががっしっとついてて・・・・・・さっきまでいた線の細い紫龍って白衣の人とは違って、熊男みたい人が現れた。
この人が、紅刃が呼びに行った先生ってことだよな?
「火爪、お前も取り敢えず離れろ」
「・・・・・・兄貴」
あ、俺今までずっと火爪さんに抱き締めてもらってた。
あまりにも自然で・・・・・・忘れてた。
ツカツカと足音を響かせて、不機嫌な顔を隠す気もなく紅刃が近づいてきたら、そのまま火爪さんと引き離された。
火爪さんからもらってた温もりが・・・・・・冷めてく。
「天城、兄貴に何もされなかったか?」
「何かって・・・・・・・・」
今紅刃の頭に犬の耳が見える・・・・・・シュンッと垂れてるのが、見える!
そんな紅刃の首根っこを熊男が掴んで・・・・・・引きずられた。
「お前も離れろ」
ずいっと熊男が顔を近づけて来て、思わず身体を引く。
ぐわしっと肩を掴まれて、大きくて太い親指が頬に触れて、更に、ぐいっと力が入って左右の目を覗き込まれた。
それから顎を掴まれて口を開けさせられた。
くっ、喰われそうで怖いんですが?
「気分はどうだ?頭痛や吐き気はないか?」
今の所、気持ち悪いとかはない・・・・・・
目が覚めるまでに二日経ったのは、紅刃が俺を街から連れ出す時に与えた薬が、この身体に合わなかったんじゃないかって言ってたけど?
「触るぞ?」
は?
もう十分触ってるじゃないですか!
今更何の確認、って思った瞬間、ぺろんっとシャツを捲られた。
顔の上まで捲られたから、熊男が次に何をしてくるのか分からない。
そんな俺を背後から支えてくれてるのは、たぶん火爪さんだろうな。
どうしていいか解らず、中途半端に両腕を上げたまま、熊男が身体を触っていく。
触診っていうやつなんだろう。
「ん・・・・・・次、背中」
背中はダメッ!
ぎゅっと腕を下ろして、シャツも引っ張りおろして、自分の身体を抱き締める。
背中は見せられない。
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