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第19話

この国の中央、国王が住む都・・・・・・今いるのは国王直属、特殊機関『牙』の医療塔の一室。 俺は『牙』第七部隊の一員である獅童紅刃によって、俺が住んでいた街から連れ出された。 これは、紅刃の私的な事情からではなく・・・・・・ 「鷹宮家に仕えているという望月鈴江と会ったのが七年前」 ドキッと心臓が跳ねた。 母さんと天音が死んだのが六年前だったから。 鈴江さんは、俺が生まれる前からうちで働いてくれてる代々βの家柄、望月家の人間。 鈴江さんの旦那さんはもう亡くなってるけど、その人は研究所で父さんの側にいた。 黄馬が生まれて、俺と天音は自分達の弟みたいに可愛がって・・・・・・ 黄馬も俺達に懐いてくれて、いつも俺達の後ろをついて回って・・・・・・あ、そうじゃない。 今は鈴江さんだ。 「彼女は、天城のお母さんからの命で『牙』と接触」 母さんが『牙』に協力してた? いったい、なんの目的で? なんの情報を『牙』に流してたんだ? 「天城の住んでいる街は・・・・・・ある時期から『牙』の調査対象だった」 この都を取り囲むように八つの街がある。 それぞれの街には、国王から指名された人が派遣されて街を統括している。 もちろん『牙』の分署も存在していて、鈴江さんは二週間に一度、その街の分署を訪れていた。 その分署には鈴江さんの従兄弟がいて、彼に会いに来ているというのが表向きの事情で・・・・・・・・ 街にはそれぞれ独自の法律も存在していて・・・・・・ 自分の街では合法でも、別の街では違法だなんてこともよくあることで・・・・・・ 街同士の衝突も度々起きていた。 被害が拡大し、その街の機動隊だけでは手に負えなくなった時は、都から『牙』が出張って来て・・・・・・騒動を鎮圧する。 一度だけ、そんな現場に遭遇したことがあるけど、その時の『牙』は颯爽と現れて、事件を華麗に解決、颯爽と去って行ったと記憶している。 まるで、風のようだったな。 俺が住んでいる街のトップは、大財閥鬼龍院グループの影響力を強力に受けてると言われている人で・・・・・ 鬼龍院グループの操り人形だって揶揄する人もいるくらい・・・・・・ 幼かった俺達でさえ、こんな情けない大人にはなっちゃダメだって思うくらい、目に見えてダメな大人代表ってな感じで・・・・・・・・・ 「その街の研究所で開発された薬を服用した人間が、最悪死に至るという事件が多発していて」 何だソレ、聞いたことはない。 研究所には父さんがいる。 毎日夜遅くまで研究を重ね、繰り返し実験して、安心安全なモノが市場に出回っていたはずだ。 人が死ぬような、副作用のある薬が開発されたなんて、俺がいた街では聞いたことがない。 そんなニュースも見たことはない。 その薬と、俺の父さんが何か関係してるのか? だから母さんが『牙』に? 「天城がいた街以外では何例も報告されてることなんだ」 パイプ椅子を引きずってきて、紅刃が俺の前に腰を下ろした。 その表情は暗い。 ふと黄馬のことを思い出した。 翡翠さんの婚約パーティーで口にした食べ物や飲み物に仕込まれていたらしい薬で、黄馬は死にかけた。 「被害者はβに多く、次にΩ・・・・・・αは稀だが、いずれも服用した薬は同じ研究所が精製したものだった」 研究所には父さん以外の研究者だっている。 父さんは主に、αとΩの『運命の番』関係について研究してて・・・・・・・・ βが服用するような薬は・・・・・・・・・携わってなかったと思うけど? 「そこで、その研究所に『牙』の人間を潜り込ませた・・・・・研究者と、研究対象者」 「研究対象者が、白峰咲良・・・・・・咲良も『牙』の隊員なんだ」 父さんの研究所に保護された白峰が・・・・・・『牙』から送り込まれたスパイ? 彼らが、不自然無く潜り込めるようにと、その手伝いをしたのが母さんと鈴江さん・・・・・・ 「でも、ある日事情が変わった。それが六年前だ・・・・・・天城のお母さんから連絡があって」 六年前? 心臓がバクバクと煩い。 ぎゅっと胸元を押さえると、隣に座っていた火爪さんが背中に手を当ててくれた。 温かくて、ゆっくり息を吐く。 「当時の担当者から聞いた話だと、今すぐ双子の兄弟を街の外へ逃がしたいということだった、と」 双子の兄弟を・・・・・・逃がす? あの日、母さんに変わったことはなかったか? 俺は、母さんと天音と一緒に出掛ける、しかも車に乗って遠出するってことが嬉しくて、浮かれてて・・・・・・・・・ 何処へ行くかなんてのはどうでもよくて・・・・・・・ 遠出なんて、それまで一度もしたことなかったし・・・・・・ あの時、俺達は逃げてたのか? 街から出るために? どうして? 「詳しいことは担当者も聞けなかったらしい・・・・・・とにかく混乱しているようだったと、双子の兄弟を助けてほしいと電話口で叫んでいたらしい」 そんな中、俺達の乗った車は事故に巻き込まれた。 事故・・・・・・・・・あれは、酷い事故だった。 母さんや天音の遺体は損傷が激しくて・・・・・・最後のお別れの時も、全身布に包まれていて・・・・・・ 「天城?」 出掛ける時、母さんは大きなカバンをトランクに積んでた。 何処かに旅行へ行くんだと思った。 でも、母さんは私服だった。 ちょっとした買い物や、父さんの研究所へ行く時だって私服じゃ行かない。 早く、急いで・・・・・・俺達は母さんに急かされて車に乗った。 何処へ行くのかは聞いていなかったけど、窓の外を流れる景色から、街の外へ向かっているだけは分かった。 いきなり大きく車体が揺れて、大きな破裂音が聞こえて・・・・・・ ものすごい衝撃があって・・・・・・ 「天城?大丈夫か?」 火爪さんと紅刃が顔を覗き込んできて、瞬きを数回。 火爪さんのシャツを掴んでいた手が震えてる。 息苦しい。 胸がドキドキする。 酸素・・・・・・足りない? 息しなきゃ、空気吸わなきゃ、酸素を・・・・・・・・・ 「天城、落ち着いて・・・・・・深呼吸してみよう、ほら」 火爪さんに言われるまま、ゆっくり息を吸って・・・・・・ゆっくり吐き出して・・・・・・・・・ 背中に当てられた火爪さんの手がリズムを刻んでくれる。 ゆっくり・・・・・・・・・ 吸って、吐いてを繰り返して・・・・・・・・・ 「ゆっくりでいい」 耳元で聞こえる火爪さんの声が、ものすごく安心させてくれる。 「兄貴、俺と場所チェンジしねぇ?」 「しない」

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