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第35話

ガンッ・・・・・・ 「とっ、当麻先輩!」 盛大な音を立てて、当麻先輩の額がテーブルに打ち付けられた。 めちゃくちゃ痛そうだけれど、下から覗き込んでみた当麻先輩は幸せそうな笑みを浮かべて・・・・・・・・寝てる。 突然の出来事に、俺は何をどうしたらいいのか解らず・・・・・・ とりあえず、慌てた様子のない隣の人に助けを求める視線を送ってみる。 「灰邑さん」 「寝ちゃったかぁ・・・・・・まぁ、今回は僕も初めて聞く話だったなぁ」 こういったこと、今回が初めてじゃないんですね? 当麻先輩も、灰邑さんにコーヒーを淹れてもらう場合はもっと警戒心を持った方がいいかと・・・・・・・・・ 「・・・・・あの?」 俺は混乱していた。 コーヒーに落とされた、スプーン一杯分のブランデーで自我を失くした当麻先輩の惚気を聞かされてたわけだけど・・・・・・ 灰邑さん、さっき俺に言いませんでしたっけ? 当麻先輩の番である小田切誠志郎さんが、本当は当麻先輩じゃない別の人が好きで・・・・・・ その相手が火爪さんじゃないかって当麻先輩が思ってるんだけど、って話じゃありませんでした? だから、当麻先輩の話をツッコミも入れず、大人しく今まで聞いてたのに。 「すいませんが、今の惚気話の中に、小田切さんが火爪さんを好きっていう要素が微塵も含まれてなかったように思うんですが?」 火爪さんが一ミリも出てこなかったですよね? 俺が聞き洩らしたんでしょうか? 「ん・・・・・・そうだね。今の話には出てこなかったね、獅童くんの名前」 自分のコーヒーを飲み干し、当麻先輩のマグカップに残っていた分まで飲み干した灰邑さんが席を立つ。 「前に僕が聞いた話だと・・・・・・小田切くんの目が、いつも獅童くんを追ってるらしくってね」 小田切さんが火爪さんに向ける視線の意味は解らないが、それはそれは柔らかな、温かい雰囲気を纏って火爪さんに接しているいるらしい。 想像は出来ないけど。 トレイに二人分のマグカップを乗せて、俺のが空になるのを待っててくれる。 ゴクゴクと一気に喉に流し込んで、苦いって顔を顰めた俺に、灰邑さんがふふって笑う。 「今度は蜂蜜落として甘くしてあげるね」 俺の手からマグカップを取り上げてトレイに乗せた。 「あの、ごちそうさまでした」 「どういたしまして・・・・・・ところで、鷹宮くん一人で当麻くんを部屋に運べる?」 意識のない人間を運ぶのって大変だと聞く。 だけど、この食堂で椅子に座らせたまま眠らせるのも、あとあと身体がキツイと思うし。 寝るなら、ちゃんとベッドで寝た方がいい。 この場には俺と灰邑さんしかいなくって、灰邑さんが忙しいなら俺が運ばないと・・・・・・ 「あ、あの、がんばってみようと思いますが」 時間は掛かるだろうな。 ひょっとしたら、目が覚めてから、身体のあちこちが痛いって当麻先輩から苦情がくるかもしれないけど。 人の運び方、コツがあるのかな? 俺はよく黄馬に運んでもらってたけど・・・・・・逆はなかったな。 待て待て・・・・・・当麻先輩を、姫抱きは無理だな。 え?挑戦してみる? 背負う? 「はいはい、無理しない。このまま、ちょっと待っててくれる?」 「あ、はい・・・・・・あの?」 くしゃっと頭を撫でられた。 本来、俺他人に触られるのって苦手なんだけど・・・・・・ 目が覚めてから、いろんな人に触られてるけど平気になったっぽい? 当麻先輩も、灰邑さんも・・・・・・優しいからかな? 「当麻くんを部屋に運んだら、その後の鷹宮くんの時間を僕にくれる?」 へ? 当麻先輩が潰れてしまった今、この後、何をするのかって聞いてなかったから・・・・・・ 「さっき当麻くんが言ってた前世の事、知りたくない?」 小田切さんと当麻先輩と、桜塚さんが前世で一緒に戦ったって言ってた事ですか? 「君がただの保護対象ではなく、『牙』第七部隊の隊員としてうちに来たのなら、君も無関係ってわけじゃないと思うんだ」 君・・・・・・も? いやいやいや、俺はただの、一高校生だったわけで・・・・・・ 『牙』の隊員とか、前世がどうとか言われても? 「背中に翼があるって聞いたよ?」 灰邑さんの目がスッと細められた。 ドキッとした。 俺の背中にある翼の事を、この人は知っているらしい。 身体が熱を帯びると、赤黒く浮かび上がってくる翼・・・・・・ これが一体なんなのか、父さんや研究所の人達がいろいろ調べてくれたけど、原因不明って事だった。 双子の兄には翼は無くて、俺にだけ・・・・・・ 「遥か昔『魔王』と呼ばれていた者の傍らに、その軍隊を常に勝利へ導いていた『黒き翼の女神』がいたっていう・・・・・・お伽噺を聞いたことはない?」 幼い頃、母さんが呼んでくれた絵本の中に、そんなような話があったような気はするけど?

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