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第42話

ガシャンッと音がして鍵が独りでに外れ、扉が数センチほどスライドする。 その隙間から人の手が差し入れられた。 「面倒くせぇなぁっ!」 その手によって一気に扉が開け放たれた。 明らかに不機嫌丸出しな表情の・・・・・・・・火爪さんが、理科準備室へと入って来た。 「火爪先輩・・・・・・鷹宮くんが怯えるから、もう少し気を使って入って来てください」 いや、怯えてはいないけど・・・・・・まさか、火爪さんが入って来るとは思わなかったから驚いただけ・・・・・・ 火爪さんは部屋に入って来て早々、俺を見るとぎょっと目を丸くした。 けど、すぐに俺から視線を外し、扉から一番近い椅子に腰掛けた。 竹刀が数本入っているのだろう竹刀袋を隣に立てかけたが、防具袋は見当たらない。 「それで・・・・・・火爪先輩、外の様子はどうでした?」 白峰が扉を閉めながら、遠慮がちに声を掛けた。 「・・・・・・メール見たろ?」 ボソボソと会話を交わす二人の声はココまで届いていない。 何話してるんだろ? 少々気になったけど、白峰が出してくれた紅茶に手を伸ばした。 この紅茶を飲み干せば、この状況から開放されるはずだ。 なんか、俺お邪魔っぽいし。 とっととココから出てった方がいいと思うんだよな。 ふぅふぅと紅茶に息を吹きかける・・・・・・ 「絶望の森を通って来たって事は、鍵を持っているのでしょ?」 ぽんっと背後から肩に手が乗せられた。 え? 背後から・・・・・・俺達の他に誰かいたっけ? まだ話していた二人の視線が一気にこちらに向けられ、火爪さんとバチッと視線が絡んだ瞬間、無意識に息を止めてしまった。 「天城ちゃん?ちゃんと持ってないと、紅茶零すよ?」 突然白く小さな指が現れて、俺の持つカップに添えられた。 「え?」 驚いて立ち上がった拍子にカップが手から離れてしまう。 「天城!!」 火爪さんの声と、ガタッと椅子が倒れる音がした。 俺は自分に降り注ぐ熱い紅茶を覚悟して、ギュッと目を瞑ったのだが、誰かに背後から抱き止められ、カップが割れる音も聞こえない。 「天城」 耳元で名前を呼ばれ、恐る恐る目を開けた。 零れずに残った紅茶のカップを手にしているのは白峰、俺を支えてくれていたのは火爪さんだった。 「光矢」 先程耳元で名前を呼んでくれた火爪さんの声が、何事も無かったかのように紅茶を飲んでいる少女に向けられた。 どうしてココに少女が? ココって、男子校だったよな? 「わたし、火爪ちゃんに睨まれるようなことしたかしら?」 はてっ、と額に人差し指を当てて首を傾げる少女の金髪がふわっと揺れる。 「したんだよ、光矢」 カチャッと俺のカップを机の上に置いて、白峰は溜息を吐き出した。 「あら?まさか、天城ちゃんに声掛けるのに、火爪ちゃんの許可取らなきゃならなかったかしら?それは、いつからかしら?」 ムッと少女は唇を尖らせた。 「・・・・・・別に」 ボソッと応えた火爪さんが俺の背後から離れて・・・・・・そのまま、先程座っていた椅子に腰を落とした。 火爪さん、ずっと機嫌悪い・・・・・・ 「あ・・・・・・」 「天城ちゃんも、ほら座って」 俺も、この子に腕を引っ張られて、元の位置に腰を下す。 火爪さんに、お礼言うタイミングを逃したな・・・・・・椅子まで立て直してもらって。 「でもまぁ、いつまでもココでのんびりとお茶を飲んでいるわけにもいかないようなのだけれどね」 光矢という名の少女が手にしているカップは既に空だった。 「あの?」 皆さんお忙しいようなので、俺はさっさとお暇しますから。 俺の話を聞いてもらおうと思ったのだけど、光矢、ちゃんは、可愛らしくデコレーションされた携帯端末を開き、ディスプレイに表示させた写真を白峰に向かった突き出している。 「周囲はほぼ壊滅状態・・・・・・生き残っている人間も僅か。囲まれちゃう前に移動した方がいいわ・・・・・・ここは緊急避難所だから結界の張り方も甘いし」 光矢ちゃんの言葉に思わず紅茶を噴出しそうになって、激しく咳き込む。 息道入った! 「あ、大丈夫?天城ちゃん?」 「けほっけほっ、だ、大丈夫です・・・・・・・大丈夫」 大丈夫かって、こっちが聞きたいっつうの! なんなんだ、今の会話は? 壊滅? 生き残った人間? ゲームの世界の話でもしてたんだろうか? 手の甲で口元を拭いながら、ティーカップを机の上のソーサーに戻した。 「もう紅刃達は待たない・・・・・・俺達でさっさと終わらせるぞ」 背後で火爪さんが動く。 竹刀袋の紐を解き、中から竹刀ではなく、二振りの刀を取り出した。 え?真剣? ドンッ!! 何かが扉に当たったようだ。 「火爪先輩、来たよ」 いつの間にか白峰の手にも何か武器のようなものが握られている。 棒状の物が鎖で繋がれているソレは、漫画で呼んだ事がある多節棍というものに似ていた。 「鷹宮くんは下がって」 腰を浮かせていた俺の腕を掴んで、引っ張られるまま白峰の背後に回らされた。 ドンッ!! 再び扉に何かが当たった。 俺以外の三人が扉に向かって集中する中・・・・・・俺は、なぜか背後の窓が気になった。 暗幕は締められていて外の様子は見えないけど、何か嫌な気配が近づいてきているような気がするんだ。 嫌な汗が額に浮かぶ。 ドンッと入り口の扉が震えると同時に、ガチッと窓ガラスに亀裂が走ったような音がして・・・・・・ 「天城ちゃん」 窓の方角でも異変があった事に気付いた光矢ちゃんが素早く俺の前に移動した。 彼女の手にも一振りの刀が握られている。 その刀は淡い光を放っているように見えた。 ドカッ!! バリィン!!! 扉が破壊されるのと、窓ガラスが粉々に飛散したのは同時だった。 更に照明が落ちて、部屋の中は真っ暗になって・・・・・・ 「なっ、なんだ?」 誰かに手首を掴まれた瞬間、ゾクゾクッと悪寒が背筋を這い上がった。 冷たい・・・・・・ 近くにいたはずの光矢ちゃんの白く細い指でもない・・・・・・ 白峰や火爪さんの指とも違う、ゴツゴツした感触の太い指が俺の手首を掴んでいる。 「天城!」 「ほつっ」 火爪さんに呼ばれると、捕まれていた何かに引っ張られた。 「うわっ!」 「天城ちゃん!」 俺へと伸ばされた光矢ちゃんの手は空を切る。 「鷹宮くん!」 「天城!!」 異臭が鼻をつく。 引っ張られるままに窓の外へと体を投げ出された。 俺がいた理科準備室があったのは二階部分。 暗幕に包み込まれていたため、自分の置かれている状況がよく飲み込めず、受身を取る暇も無く強く肩から叩きつけられた。 「ぐっ!」 全身に激痛が走り、身体を動かす事が出来ない。 手首を掴んでいる指からは解放されず、更に力が込められて・・・・・・・・再び宙に持ち上げられ、ゆっくりと暗幕がずり落ちた。 「・・・・・・っぁ」 漸く光が見えて、ヒュッと息を飲んだ。 目の前には異臭を放つ・・・・・・・人ではないモノがいた。 ギョロギョロと忙しく動く真っ黒な眼球、不揃いな鋭い歯、潰れた鼻・・・・・・焼け爛れた皮膚の間から見える黒い骨格。 腐っているのか、ぼたりぼたりとドロッとした皮膚が落ちては、ジュワジュワと煙が上がった。 「うっ、うわぁぁぁ!!」 暴れても俺の腕から離れることはなく、人ではないモノの、もう片方の手が俺の首を掴んだ。 「ンぐっ・・・・・・かはっ、あ・・・・・・ぁ」 バタつかせた足が当たっても、、太い腕に食い込ませた爪も意味はない。 俺の抵抗なんて、なんの意味もないようで・・・・・・ 人ではないモノはただ静かに俺を見ながら、首を掴んでいる手に力を入れていく。 ニィッと口角を上げて、不揃いの歯の間から、ぼたぼたと異臭を放つ液体が零れた。 「天城!」 視界の隅に火爪さんの姿が・・・・・・火爪さんの前にも同じような、人ではないモノが立ち塞がっている。 その手が振るう二振りの刀には、真っ赤な炎と真っ蒼な炎が取り巻いていた。 「・・・・・・ほつ・・・・・・ま・・・・・・っ」 ・・・・・・・・・・・・息が、できな・・・・・助け・・・・・・て・・・・・・吐くばかりで呼吸が出来ない。 視界が霞む・・・・・・・・・ 酸素が足りない・・・・・・・・ 火爪、さ・・・・・・・・・ 「鷹宮くん!」 ・・・・・・しら・・・・・み・・・・・・ねぇ・・・・・・姿は見えない白峰の声が聞こえた。 「天城!」 何かが砕ける音に混じって火爪さんの声が呼んだ。 ぱっくりと暗闇が口を開けて待っている・・・・・・抗う力も失せ、両腕がだらんと落ちた。 「天城ちゃん!」 背後で叫び声を聞いたのを最後に、俺の意識は闇に飲み込まれた。

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